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クリーニング店の女 [男と女ストーリー]

10時きっかりに、男はクリーニング店を訪れる。
大量の洗濯物をカウンターに置いて「よろしくお願いします」と爽やかに笑う。
精悍な顔立ち、清潔感のある容姿、柔らかい物腰。
ユカリは、たちまち彼に惹かれた。
「きっと独身だと思うの。そうでなかったら、家で洗えるものまで持ってこないでしょ」
「洗濯をしてくれる恋人もいないなんて、ユカリちゃん、チャンスよ」
「そうよね。これは運命かもしれないわ」

ある日のこと。
「お客様、ポイントがたまったのでプレゼントを選んでください。この中から、お好きなものをひとつ差し上げます」
「どうしよう。君なら何がいい? どれを選ぶ?」
「私ですか。私なら、この入浴剤がいいかな」
「じゃあそれにする。その入浴剤を、君がもらってくれ」
「えっ、お客様、それは困ります」
「僕がもらったものを、君にあげるんだ。それならいいだろう。いつも君の笑顔に元気をもらっているからさ、そのお礼だよ」
キューン。ユカリの胸は爆発寸前。一日中、舞い上がって、フワフワ浮いているみたいだった。

「ねえ、あの人もユカリちゃんに気があるんじゃない? 絶対そうよ」
「やだ、まさか」
「お似合いだと思うよ。思い切って誘ってみれば」
同僚に冷やかされて、ユカリはその気になった。誘ってみよう。入浴剤のお返しに、食事でもどうですかって、思い切って言ってみよう。
そう心に決めた翌日、男はいつもの時間にやってきた。
いつものように、にこやかに応じたユカリだったが、彼を誘うことは出来なかった。
彼の洗濯物の中に、女物の服が混ざっていたからだ。
ブラウス、スカート、ワンピース。泣きそうになりながら、ユカリは伝票を打っていった。

「ショックだわ。彼、結婚していたのね」
「あらユカリちゃん、そうとは限らないわよ。だって奥さんがいるなら洗濯くらいするでしょう。恋人?妹?あっ、それとも女装癖があるのかも」
「それはそれで、ちょっといやだわ。でも、妹説はありうるかも」
同僚に励まされ、いいように解釈したユカリだったが、翌日、妹説は崩れ去った。
彼の洗濯物に女物ばかりか子供服が混ざっていたのだ。
赤いジャンパースカートやフリルの付いたピンクのブラウス。
赤ん坊のロンパースまである。

ああ、結婚して子供までいるなんて。それにしても奥さんはどういう人かしら。
洗濯もしないで、おまけにクリーニングも夫任せ。
いや、きっと仕事を持つワーキングママだ。そして彼は家事も育児もこなす理想の夫なのだ。
羨ましい。なんて羨ましい。
「私も結婚したくなっちゃった。もう彼のことはきっぱり諦めて、前に進むわ」

数日後、男はクリーニング店を訪れた。
「お願いします。あれ? いつもの彼女はお休みですか?」
「ああ、あの子、辞めちゃったんですよ。何でもねえ、本気で婚活するから土日休みの仕事に転職だって。いい子だったのに、若い子はあっさりしてるね」
「そうですか」
「お客さん、今日はまた大量ですね」
「ええ、今回のクライアントが、一週間分溜め込んでいまして」
「クライアント?」
「僕、家事代行の仕事をしているんですよ。掃除、洗濯、、買い物、、炊事。洗濯は、下着以外はクリーニングに出しているんです。その方が収納が楽ですから」
「そうだったんですか。そんなお仕事が、へえ」

「そうか、あの子辞めちゃったのか。残念だな」
男は、今日こそ渡そうと持ってきた映画のチケットを、がっかりしながらポケットに押し込んだ。

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