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お父さんの卒業式

僕たちの小学校は、今年度を持って廃校になる。
児童の数が年々減って、新入生はたったの6人だった。
僕は6年生だから、もうすぐ卒業だ。
卒業とともに学校がなくなるのは、やっぱりさみしい。

仕事が忙しくて、入学式も運動会も来たことがないお父さんが、卒業式だけは出ると言った。
「別にお母さんだけでいいのに。お父さんには思い出なんかないだろう」
「最後くらい行きたいんでしょ。何しろ一度も行ってないんだから」

卒業式の朝、お父さんはやけに張り切っていた。
「お母さん、カメラ持ったか。スマホじゃだめだ。ちゃんとしたカメラで撮らなきゃ」
「はいはい。ちゃんと充電済みですよ。まったく何を張り切ってるんだか」
「じゃあ僕先に行くからね。遅れないで来てよ」
「右手と右足を一緒に出すなよ」
「出さねーよ」

十字路で友達と合流して、まだ寒い早春の坂道を並んで上る。
友達とは中学でも会えるけど、この坂を上るは今日が最後だ。
心なしか、みんな無口だ。

卒業式が始まって、卒業証書をもらって定番の歌を歌いだすと、みんながクスクス笑いだした。
保護者席で号泣している親がいる。
誰だよって思ったら、お父さんだった。
マジか。学校行事一度も参加したことないくせに、よく泣けるな。
僕は恥ずかしくなって、式が終わるまで下を向いていた。

教室で最後のお別れをすると、先生も少し泣いていた。
「君たちはこの学校最後の卒業生です。学校はなくなるけれど、思い出はずっとずっと残ります。どうか君たちを6年間見守ってくれた校舎にありがとうを言ってください」
女子たちも泣いていた。泣きながら「ありがとう」って言っていた。

校庭に出ると、親たちが待っていて、みんなで写真を撮ったりしていた。
だけどお母さんしかいない。お父さん、式だけ見て帰ったのかな。
「お父さんは?」
「お父さんは写真を撮ってるわ。ほら、あそこ」
お母さんが指さす先で、お父さんはカメラマンみたいに写真を撮りまくっていた。
校舎、校庭、まだ咲いていない桜の木、遊具、正門、水飲み場。

「お父さん、何撮ってるの?」
「廃校になると聞いて、何だか寂しくてな。実はお父さんも、この学校の生徒だったんだ」
「そうなの? だけどお父さんの実家は東京じゃないか」
「親が転勤族だったからな、この学校には4年生から6年生までの3年間通った。だけどな、卒業式の前に引っ越しが決まって、式には出られなかった」
「ふうん。だから張り切っていたのか」
「たった3年だけど思い出深いよ。この学校で卒業したかった」
だから泣いていたんだね。ちょっと泣きすぎだけどさ。

「おまえは6年間も通ったんだから、思い出がいっぱいだろう」
「別に、そうでもないよ。友達とは中学でも会えるし」
「そうか。今どきの子はドライだな。よし、最後に3人で写真を撮ろう。昇降口の前がいいかな」
僕たちは3人で並び、通りかかった先生に頼んでシャッターを押してもらった。
少し照れ臭かったけど、一緒に並んで歩いて校門を出た。

お父さん、思い出って、もう少し時間が経ってから懐かしむものだよ。
きっと僕がお父さんくらいになった時に、しみじみ想うんだ。
「ああ、あの小学校は、もうないんだな。寂しいな」って。

坂の途中で振り向いて、高台に凛と建つ校舎を見上げた。
「6年間、ありがとう」
僕は小さくつぶやいた。お父さんとお母さんは、聞こえないふりをした。


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コロナウイルス感染予防で、卒業式が出来ない学校もあるのかな?
何だかいろいろ振り回されて可哀そうです。
私の母校の小学校は、この3月で廃校になります。
たまに前を通るけど、やはり少し寂しいです。
建て替えて校舎は変わっているけれど、通った坂道は変わらない。
もう〇十年も前。私にも可愛いころがあったのね^^

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