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家とネコとこいのぼり [男と女ストーリー]

子ネコを拾ったの。ひどい雨の日にね、つつじの陰で震えていたの。
可哀想だから家に連れて帰って、温かい毛布でくるんでミルクをあげたらすっかり懐いちゃったの。すごくかわいいのよ。
でもね、私のアパート、ペット禁止なの。ばれたら追い出されちゃう。

「だからお願い、あなたのおうちで飼ってあげて」
同僚の太田さんに懇願されて、ネコを引き取った。
僕の家は庭付きの一軒家。2年前に亡くなった両親が残してくれた家だ。
一人暮らしには大きすぎる家だった。

ネコを引き取ったことがきっかけで、太田さんはしょっちゅう家に来ることになった。
ネコの餌を持ってくるついでに、夕飯を作ってくれるようになった。
そして、いつしか泊っていくようになった。
彼女の妊娠がわかって、僕たちは籍を入れた。
交際している感覚はまるでなくて、そこに愛があったかどうかもわからなかったけれど、
「赤ちゃんが出来たの。私たち、パパとママになるのよ」
と彼女が嬉しそうに言うものだから、「そうなんだ」と思った。

そして今僕は、3人のやんちゃな男の子の父親で、いつの間にか5匹に増えたネコと一緒に暮らしている。
「お父さん、早く~」
「お父さん、僕のコイも早く付けて~」
「お父さん、順番が違うよ」
僕は今、5匹のこいのぼりをあげている。
子供たちがまとわりつき、ネコたちが足にじゃれている。

「いいわねえ、こいのぼり」
青空で豪快に泳ぐこいのぼりを、妻と二人で縁側から見上げている。
「もうどこの家もあげなくなったからな。ご近所の名所になってるね」
「この前、写真を撮りに来た人がいたわ」
「迷ったけど、買ってよかったね、こいのぼり」
「そうよ。ほら見て。うちのチビたちみたいに元気に泳いでるわ」
「そうだね」
「私ね、絶対に一戸建ての家に住みたかったの。そして男の子が生まれたら、広いお庭がある家で、こいのぼりをあげるのが夢だったのよ」
「ふうん」
「あとね、ネコをたくさん飼うのも夢だったの。子供のころからずっとアパート暮らしだったからね」
「よかったじゃないか。夢が叶って」
「叶ったんじゃないわ。叶えたのよ」
妻が豪快に笑った。

子供を産む度に太って貫録を増した妻と、子供やネコたちに振り回されて、年々痩せていく僕。
僕たちは、意外とお似合いの夫婦かもって、最近になってようやく思い始めた。
「あとね、犬を飼うのも夢なの」
キラキラした目で妻が言う。
ああ、これもきっと叶えるんだろうな。まあ、いいか。

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ようこそ、無人島へ [ミステリー?]

妻と二人で、無人島旅行の計画を立てた。
無人島と言っても、清潔なコテージがあり、冷暖房完備、ネット環境も整っているうえに、冷蔵庫には必要な食材が入っている。
つまり、リゾート用に整備された無人島だ。

予約客は、1ツアー1組のみ。
僕たちの場合、夫婦二人で無人島生活を満喫できるのだ。
船で島まで送ってもらい、翌日迎えに来るまで自由に過ごす。
日常を忘れてゆっくり過ごすには、持って来いのリゾートだ。
しかも観光地じゃないから、お土産を買う必要もない。
だから誰にも言わずに出かける。うっかり言って人気スポットになったら困る。

「お客様、島が見えてまいりました」
「まあ、素敵ね、あなた」
「今夜は星を見ながらワインを開けようか」
「いいわね」

島に着き、船を見送ってコテージに向かった。
「あら、可愛いお家ね。お庭も広いわ」
「この島全部が庭みたいなものさ。俺たちしかいないんだから」
妻の肩を抱いてコテージに入ると、誰かの話し声が聞こえた。
誰もいないはずなのに、テレビでもついているのか?

中に入ると、男と女がいた。
僕たちと同じ30代後半くらいの男女が、ソファーに座って寛いでいた。
「君たちは誰だ? 今日は僕たちが予約しているんだけど、まさかのダブルブッキング?」
ツアー会社に確かめようとスマホを取り出すと、男が急に土下座をした。
「すみません。今日予約が入っていたのをすっかり忘れていました。今すぐ出ていきますので、会社には電話しないでください。お願いします」
床に頭をこすりつけ、必死に懇願する。

「どういうことです?」
「実はこの家は、私たち夫婦の家です」
「何だって? ここは無人島じゃないのか」
「住んでいるのは私たちだけです。この家の掃除や管理をしています。週に一度届く食材を収納したり、ちょっとした野菜を作っています」
「無人島じゃないなら詐欺じゃないか」
「ですから、お客様が来る日は林の向こうの洞穴で寝泊まりしているんです。そういう約束で、ツアー会社から金をもらっているので。だから困るんです。会社にはどうか内密に」
「わかったよ。さっさと出て行ってくれ」
「はい」と立ち上がった途端、女の方がフラフラと倒れた。
「おまえ、大丈夫か。すみません。妻は身体が弱くて。何しろ週の半分はジメジメした洞窟暮らしですからね。でも気にしないでください。おい、行くぞ」
女は青い顔で頷いた。さすがにちょっと胸が痛む。
「ねえ、あなた。可哀想よ。泊めてあげたら」
妻が言った。確かにこのまま夫婦を追い出して、せっかくのリゾートを楽しむ気にはなれない。
「じゃあ、泊ってください。部屋はたくさんあるし。って、知ってるよな。自分の家だもんな」
「ありがとうございます。なんてお優しい方だ」
「奥様、よかったら私がお料理をお作りしますわ。泊めていただけるんですもの、そのくらいはさせてください」

女は料理が上手かった。まるで三ツ星レストランのような味だ。
男の方も話してみると、なかなか博識の持ち主で楽しかった。
ワインを酌み交わし、食後のコーヒーも絶妙だった。
覚えていたのはそこまでだ。
目覚めると、もう日が高かった。
「おい、寝すぎたぞ。ワインを飲みすぎたかな」
妻も起きだして時計を見た。
「あら、もう船の時間だわ。あなた、お迎えを少し遅らせましょうよ」
「そうだな、ブランチもしたいし、電話しよう」
そう思ってスマホを探したが、どこにもない。妻のスマホもない。
「あなた、帰りの船のチケットがないわ」
「なんだって?」

昨夜の夫婦を探したが、どこにもいなかった。
「洞窟だ。林の向こうの洞窟に行ってみよう」
僕たちは素早く着替えて林を抜けて洞窟にたどり着いた。
人が寝泊まりした後はあるが、夫婦はいなかった。
「あなた、手紙があるわ」

『お疲れ様です。これからの管理お願いします。あなたたちと似たような年恰好で、なおかつ親切な夫婦が来るまでの辛抱ですよ。では、幸運をお祈りします』

やられた……。

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こんなの描いてた

外出自粛要請が出て、家で過ごすことが多くなりました。
で、娘の部屋の大掃除をすることになりました。
壊れかけていた書棚を捨てて、新しいものに買い替える計画です。

まずは本や引き出しの整理から。いやあ、ごちゃごちゃしてるな~。
すると……
娘が1歳の誕生日に描いた絵本が出てきました。
わあ、こんなの描いてたなあ。懐かしい。

ものすごく簡単な絵本です。
写真屋でもらったフォトアルバムに、画用紙で書いた絵をはさんでいるだけ。
それがこちらです。

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子供の1日を描いただけの絵本。
このころは、こんなのばっかり描いていました。
他にもいろいろ出てきたけど、これが一番まともだった^^;

上手い下手は別にして、絵を描くことが好きだったんです。
こうして改めてみると、可愛いですね。なかなかだわ^^

そしてその娘は、すくすく育ち、引き出しから中学の時に使っていた財布を見つけ「おお、ラッキー」と言いながら開けて
「1円玉と10円玉かよ。しけてんなあ」
とぼやく、いい娘になりました(笑)

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六番目の娘 [公募]

「パパ、パパ、やったわ。女の子だって」
「おいおい、妊婦が走るなよ」
「だって、一郎から五郎まで、五人続けて男の子だったのよ。待望の女の子よ」
「だから、飛び跳ねるなって」

わたしは、ママのお腹の中でふたりの会話を聞いていた。
どうやらわたしには、五人のお兄ちゃんがいるらしい。
それにしても、一郎から五郎って、ネーミングセンスなさすぎでしょ。
まるで昭和だわ。なんだか不安。
パパとママ、わたしにどんな名前を付けてくれるのかしら。
六番目だから「六子」なんて名付けられたらどうしよう。
ねえ、パパママ、きらきらネームじゃなくていいからさ、今風の可愛らしい名前を付けてちょうだいよ。

「あら、この子、お腹を蹴ったわ」
「元気がいいな。元気なゲンコちゃんだな」
「あはは、じゃあ、生まれるまでゲンコって呼ぼうか。おーいゲンコ、早く出てこい」

ゲンコだなんて信じられない。仮の名前にしても、もうちょっと何とかならない? 
やっぱりこの夫婦、センスゼロだわ。

「ただいま。ママ、お腹さわっていい?」
「いいわよ。たくさん話しかけてあげて」
「おーい、ゲンコ、お兄ちゃんだよ」
「おーい、早く会いたいな」
「生まれたらいっぱい遊ぼうね」

五人のお兄ちゃんは、一郎と二郎が小学生、三郎と四郎が幼稚園、五郎はまだおしめの取れない2歳児らしい。
代わる代わる話しかけてくれる。
たぶんすごく素直でいいお兄ちゃんたちだろうな。早く会いたい。

「ママ、この子の名前はゲンコじゃないよね。生まれたらちゃんと名前を付けるよね」
「もちろんよ。元気に生まれるように、ゲンコって呼んでるだけよ」
「ねえママ、僕たちの名前は、どうやって決めたの?」
「それはもちろん、順番よ」
「えっ? それだけ?」
「結婚した時にね、パパと話し合ったの。子供は、野球チームが出来るくらいたくさん欲しいねって」
「そうか。野球は九人でやるから、一から九まで順番に名前を付けるんだね」
「そのとおりよ」
「ふうん。そうしたらこの子は六番目だから六郎だ」
「バカだな。女の子だから六子だろ」

ああ、やっぱり六子に決定っぽい。令和のこの時代に、なんて古臭い。
せっかく春に生まれるんだから「菜乃香」とか「さくら」とか「桃子」とか、可愛い名前を付けて欲しいのに。

「ママ見て、雪だよ」
「本当だ。ねえママ、雪の結晶って六角形なんだよ。僕、顕微鏡で見たんだ」
「へえ、一郎は物知りなのね。あっ、痛い。イタタタ……」
「ママ、どうしたの?」
「生まれるかも。二郎、ちょっと背中さすって。三郎、ママのスマホを持ってきて。一郎、パパを呼んできて。四郎、五郎、心配しなくて大丈夫よ」

きれいな雪が降った午後、わたしは予定日よりもひと月ほど早く生まれた。
たくましいママと、温和なパパと、元気で優しい五人のお兄ちゃん。
「ちっちゃいね」
「可愛いね」
「美人になるぞ」
「早く一緒に遊ぼうね」

代わる代わる、わたしを覗き込む。
まだぼんやりしか見えないけど、みんなとても優しそう。
もう、名前なんて何でもいいや。わたし、この家に生まれて幸せだ。

ママがわたしの名前を呼ぶ。パパが呼ぶ。お兄ちゃんたちが呼ぶ。
春の光が差し込む部屋で、わたしはお兄ちゃんたちが順番に使った籐のゆりかごで眠っている。

雪の日に生まれたわたしは、六花(りっか)という名前を付けてもらった。
雪の別名なんだって。とても気に入ったわ。
パパ、ママ、お兄ちゃん。そして、あの日降ってくれた雪に、心からお礼を言うわ。
素敵な名前をありがとう。

********

公募ガイド「TO-BE小説工房」の落選作です。
テーマは「名前」でした。
落選だったけど、私は好きです。こういう明るくて、のほほんとした話は書いていても心が和みます。特に今のような不安だらけの毎日にはね^^

余談ですが、今日公募ガイドからメールが来ていて
「ポイント追加のお知らせ」で200ポイントと書かれていました。
TO-BEは、落選だと10ポイント、佳作は60ポイントだったかな。
で、200だったら最優秀じゃん! って一瞬舞い上がり、雑誌をみたら最優秀どころか佳作にも入っていない。
メールをよく見たら、「定期購読継続ポイント」だった^^;
はずかし~。。。

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サル山

リナちゃんとは、いつもサル山の前で待ち合わせる。
「優香ちゃん、ひさしぶり」
リナちゃんがブンブンと手を振っている。
私は子犬みたいに走ってリナちゃんの隣に並んだ。
春休みだけど、動物園は空いている。この動物園は、ゾウもキリンもライオンもいないからあまり人気がない。

「ねえ、優香ちゃん。初めてしゃべったときのこと、おぼえてる?」
「もちろん。二年生の遠足だったね」
「優香ちゃんがお弁当を分けてくれて、それで仲良しになったんだよね」
「うん。お母さんがウサギのリンゴをふたつ作ってくれたから、一個あげたんだよね」
「そうそう、おいしかったなあ、あのリンゴ」
「今日も作ってきたよ」
私はリュックの中からイチゴ模様のタッパーを取り出して、ウサギのリンゴをリナちゃんにあげた。
「これ、私が皮をむいたんだよ」
「えー、優香ちゃん、すごい」
「このくらいできるよ。もうすぐ中学生だもん」
「中学生か。いいなあ。楽しそうだな」
「ぜんぜん楽しくなんかないよ。友達はいないし、勉強は難しくなるし。リナちゃんの方がずっといいよ。学校に行かなくていいんだもん」

私は、学校がいかに嫌なところかを、リナちゃんに話して聞かせた。
運動音痴だから「とろい」とバカにされることや、「空気が読めない」という理由で掃除当番を押し付けられること。
「あとね、スクールカーストっていうのがあってね、私はどうやら底辺らしい。イケてる子とイケてない子がいるんだ。イケてるって何だろうね。単に目立つだけじゃん。ホントにバカみたいだよ」
「でもね、優香ちゃん。上下関係はどんなところにもあるよ。」
黙って聞いていたリナちゃんが、慰めるように肩に手を置いた。

「あっ、ボスが睨んでいるからそろそろ戻るね」
リナちゃんはそう言うと、毛むくじゃらの手でリンゴを口に入れて、サル山に帰っていった。
「サルの世界も大変なんだね、リナちゃん」

中学生になって文芸部に入ると、私の世界は一変した。
部活で書いた詩が、あるコンクールで最優秀をもらって表彰された。
それがきっかけで、学校一イケメンのT先輩が
「俺の曲に詩を付けてくれない?」と言ってきた。
T先輩はバンドをやっていた。そして私が詩を付けた曲はとても評判がよく、私はT先輩のお気に入りになった。

それから私は、ピラミッドの階段をあっという間に駆け上がり、いつの間にかスクールカーストの頂点にいた。
頂点にいた子が友達になり、「とろい」が「かわいい」に変わり、「空気読めない」が「不思議ちゃん」に変わった。
私が通ると、底辺の子たちがおどおどして道を開ける。
私はちっとも変っていないのに周りが変わった。それは、とても気持ちがよかった。

秋のテスト休み、私は友達を連れて、久しぶりに動物園を訪れた。
イケてる自分をリナちゃんに見せたくてサル山に行ったけれど、リナちゃんはなかなか見つからない。
「ねえ、あれがボス猿じゃん?」
誰かが指をさした。サル山の天辺で私たちを見下ろしているのは、まぎれもなくリナちゃんだった。
「リナちゃん、ボスになったんだ」
「うわ、優香ってばサルの名前知ってるし」
「マジで面白い子だねー」
私はリュックからリンゴを出してリナちゃんに向かって投げた。
「なになに、エサあげていいの?」「ウケる!マジで不思議ちゃんだー」
リンゴは手前に落ちて、近くにいた子ザルが拾った。
途端にリナちゃんが飛んできて、見たこともない形相で子ザルを威嚇してリンゴを奪った。
当然のようにリンゴをむさぼるリナちゃんは、もう私が知っているリナちゃんじゃない。

「何か、つまらないね。動物園」
「あはは。優香が行きたいって言ったんじゃん」
「じゃあ、カラオケ行こうか」
「賛成!」
制服を着崩して笑う私も、きっと変わってしまったんだろうね。
冷たい顔で見下ろすリナちゃんに、「バイバイ」とつぶやいた。

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