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家出少女と僕

日暮れを告げる鐘がなった。
薄暗くなった道の両端で、お化けみたいなススキが揺れている。
理沙ちゃんと僕は、駅に向かって歩いていた。
大きく膨らんだ理沙ちゃんの赤いリュックには、いったい何が詰まっているのだろう。

理沙ちゃんから「家出しない?」と誘われたのは3日前だ。
僕たちは中学2年生で、家や学校に、それなりの不満はある。
だけど家出をするなんて考えたことがなかったから、すぐに断った。
「じゃあ、駅まで見送りに来て。誰かに見送ってもらわないと心が折れそう」
潤んだ目で懇願されて、僕は「見送りならいいよ」と言った。
歩きながら引き留めようと思った。家出なんかやめようって。
事情があるなら相談に乗って、なんとか引き留めよう。

「あのさ、どこに行くつもり?」
「そりゃあ、やっぱ東京でしょ」
「お金あるの?」
「お年玉貯めたから。太一君はいくら持ってる?」
「えっ、僕は……1500円くらいかな」
「だったら大丈夫。東京まで1000円くらいで行けるから」
あれ? 一緒に行くことになってる?

「東京に行ってどうするの? 知り合いとかいるの?」
「うん。SNSで知り合った人が何人かいるよ。頼んだら泊めてくれるよ、きっと」
「それって危なくないの?」
「平気だよ。いい人だもん」
「本名も顔も知らないんだろう。どうするんだよ、怖いおっさんだったら」
「だから太一君と一緒に行くのよ。ふたりなら平気でしょ」
やっぱり一緒に行くことになってる。

「でもさ、帰宅部の僕には君を守れないよ。柔道部だったら良かったけど」
「じゃあ、ネットカフェ? カラオケ屋? 東京って朝まで居られる店があるんでしょ」
「すぐ捕まるよ。どう見ても中学生だもん。そもそもどうして家出するの? お母さんとケンカでもした?」
「あたし、お母さんに愛されてないから」
理沙ちゃんは泣きそうな顔でうつむいた。
本気だ。理沙ちゃんは、本気なんだ。

僕は、駅で電車を待つ間、必死に考えた。
このまま放っておけないから、取りあえず東京まで一緒に行って、ハンバーガーでも食べて落ち着かせて、今夜中に帰ろう。もちろん理沙ちゃんも一緒に。
……っていうか僕、お金がなくて帰れない。行きの電車賃払ったら500円しかない。
女の子に借りるのはカッコ悪いな。
入学祝にお父さんがくれた時計を売ろうかな。
ブランド品を売る女っていう番組、よくやってるもんな。

そんなことを考えていたら、理沙ちゃんのスマホが鳴った。
「あっ、お母さんからだ」
まさか出ないと思ったら、理沙ちゃんはあっさり出た。
「もしもし、お母さん? なに? えっ、今日外で食べるの? 駅前に新しくできたお洒落なイタリアン? わあ、行く行く。今ちょうど駅にいるんだ。うん。待ってる」
はっ??

「太一君、あたし行くね。悪いけど家出はひとりでしてくれる」
「えっ、お母さんとうまくいってないんじゃないの?」
「先週のあたしの誕生日に、ケーキ買ってきてくれなかったの。それで1週間口きいてなかったんだ。でもね、今日お祝いしてくれるんだって」
「よ、よかったね」
理沙ちゃんは、風のように駅舎をくぐりぬけ、お城みたいなピカピカのイタリアンレストランに走っていった。

理沙ちゃんは何かあるたびに、クラスの男子を順番に「家出ごっこ」に誘っていた。
書き置きを残して家を出て、お母さんからの電話であっさり帰るのは、年中行事になっていた。
ちなみに大きな赤いリュックには、テディベアが入っているらしい。
そして僕はあの日、塾をサボったことがバレて、夕飯抜きにされた。
あーあ、家出しようかな。

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