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地獄か天国か [ファンタジー]

天国に行くか地獄に行くか。
裁かれるのは一人の男。
天国代表の裁判員に選ばれてしまった私は責任重大。
だって、彼の来世がかかっているんだもの。

地獄側の検察官が、男の様々な悪事を並べ立てる。
窃盗、詐欺、障害事件、暴力沙汰。
相当な悪人だ。地獄行きは、ほぼ確定ね。
そして次に、天国側の弁護士が登場した。
「どうせ地獄だろ。早く終わらせてくれ」
男が悪態をついている。
バカね。閻魔裁判長の印象が悪くなるのに。

「今からあなたが行った善行を申し上げます。善行が悪行に勝れば、天国に行ける可能性はありますよ」
弁護士はそう言ったけれど、悪行の方が多いに決まっている。
まあ、聴くだけ聞いてやろう。

「1972年、あなたが小学一年生のとき、となりの席の女の子にクレヨンをあげましたね。名前はゆみこちゃん。ゆみこちゃんは青のクレヨンがなくて空が塗れないと泣いていて、あなたは自分のクレヨンをゆみこちゃんにあげました。床に落ちていたと嘘をついて」
「覚えてねえな」
「そしてあなたは、なぜ空を塗らないのかと先生に尋ねられ、困って描いた絵を黒く塗りつぶしました。先生はあなたが精神的に問題があると思い、母親に相談。無理やり病院に連れて行かれ、あなたは学校へ行けなくなりました」

そんなことが……。聞いてみなければわからないものね。

「1990年、あなたは傷害事件で逮捕されます。悪い男に騙されて、風俗に売られそうになった女性を助けるために、その男を半殺しにします。女性の名前はゆみこさん。そう、あのクレヨンのゆみこちゃんです」

「2015年、すさんだ生活を続け2度の刑期を終えたあなたは、病院の清掃の仕事に就いていました。そこで重い病気の女性と出逢います。名前はゆみこさん。そう、クレヨンのゆみこちゃんです。ゆみこさんには移植手術が必要でしたが、そんな大金とても払えません。そこであなたは、昔の仲間の暴力団員を騙し、大金を手に入れてゆみこさんのもとに向かいましたが、時すでに遅し。ゆみこさんは息を引き取りました。それからあなたは逃げ続け、2021年12月、ついに殺されます」

ああ、なんだか泣けちゃう。
この人、ゆみこに人生を捧げたみたいじゃないの。
地獄行き決定だと思ったけど、心が揺れている。
ゆみこっていう名前に胸が締め付けられるのはなぜ?
私の現世での名前、ゆみこだったような気がする。
なんだか大切なことを思い出しそう。

「天国代表裁判員、あなたの意見は?」
「えっ、あっ、少々お待ちを」
ええ…と、私が死んだのは2015年12月。彼が私の手を握って言った。
『ゆみこ、金は俺が何とかする』
『もういいよ。覚悟は出来てる。先に天国に行って待ってるから』
『バカ言え。俺が天国に行けるわけがねえ』
『行けるよ。だってヒロ君、すごく優しいもん』
あっ、思い出した。彼はヒロ君だ!

「天国代表裁判員、早く結論を」
そうだ。私は彼に何度も助けられた。
「天国代表裁判員、早く結論を」

「天国です。ねっ、いっしょに天国に行こう。ヒロ君」
驚いて振り向いたヒロ君は、私をじっと見た。
そして、裁判史上最高の優しい顔で笑った。
地獄の札を上げかけていた閻魔の気持ちが揺れた。

「天国、勝訴!」


あけましておめでとうございます。
今年もゆるゆると続けていきます^^
よろしくお願いします。

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