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コタツ沼

家に帰ると、妹の冬美が丸くなってコタツで寝ていた。
「ネコかと思ったよ。仕事見つかった?」
「あー。いちおう求人サイト見てるけど~」
「焦らなくていいけどさ、ちゃんと探しなよ」

冬美は、勤めていたショップが閉店して無職になった。
一緒に暮らしていた彼氏とも別れ、今は私の家に居候中。
可哀想だと思うけど、かれこれ2か月もこの状態。
1日中、コタツの中でゴロゴロゴロ。
さすがの私もイラっとしてきた。

「コタツが難だね」と、同僚が言う。
「コタツはダメだ。人間をダメにする。コタツの中は底なし沼だよ」
「なるほど」と思って、コタツを撤去した。

「何するの、お姉ちゃん。寒いじゃん」
「あんたね、一日中コタツの中にいるでしょ。見てごらん、スマホにペットボトルにリモコンに雑誌にパンにゴミ箱。コタツから出なくてもいいように、全部周りに置いてるでしょ」
「やだなあ、お姉ちゃん。さすがにトイレは行ってるよ」
ふざけるな!と、私はコタツを片付けた。

「それで妹、やる気になった?」
「だめだよ。今度はストーブにかじりついて離れない。ストーブの前でひたすら体育座りしてる。ストーブと妹の距離は30cm。どうやらそれがベストの距離らしい」
「ああ、そりゃだめだ。30cmは致命傷だ。もはやストーブと一体化している。春を待つか、ハワイに移住するしかないね」

暖かくなるまで待つしかないのかと諦めていたある朝のこと。
冬美はガバッと起き上がった。
「お姉ちゃん、雪だよ。雪が積もってる」
見ると窓の外は一面の雪景色。そういえば夜から雪がちらついていた。
冬美はスエットの上にダウンを羽織り、マフラーを巻いて外に出た。
そしてまだ誰も踏んでいない駐車場の雪の上に、ドーンと寝ころんだ。
「ええ?あんた、寒がりじゃなかったの?」
窓を開けると、ツーンとした冷気に眠気も冷めた。
「お姉ちゃん、雪合戦しようよ」
「いやだよ。雪なんて寒いし滑るし電車は止まるし……」
言い終わらないうちに、顔面に雪玉が飛んできた。
「何するのよ」
私はフリースと手袋で外に出て、雪をすくって冬美に投げた。
「下手くそ。お姉ちゃんのノーコン」
「うるさい。いつもだらけてるくせに、コントロールだけはよくてムカつく」
ソフトボール部のエースだった妹の玉は、私の顔面に次々当たる。
冬美の笑顔を久しぶりに見た。
「静かにしてよ」と二階の住人から苦情が来て、私たちは揃って「すみません」と頭を下げた。子どもの頃はしょっちゅうケンカして、親に叱られていた。
そんなことを思い出して、顔を見合わせて笑った。

「そういえば冬美は昔から、寒がりなのに雪が好きだったね」
「うん」と冬美は頬を赤くした。
「お姉ちゃん、私やっぱり結婚するわ」
「はっ?結婚?」
「彼が実家の仕事を継ぐために青森に帰ったんだ。それで別れたんだけど、やっぱ私、結婚する。青森に行く」
雪が冬美の何を目覚めさせたのだろう。
太陽に照らされたまっ白な雪みたいに、冬美の瞳は輝いていた。


「へえ、それで妹、青森に行ったの」
「そうよ。急に結婚なんて言うから、親も大騒ぎよ」
「まあよかったじゃん。部屋も妹も片付いて」
「いや、それがさ、今度はあたしがコタツ沼にハマってしまって。コタツってマジでダメ人間への入り口だわ。トイレ以外出られない。っていうか、トイレもギリギリまで我慢しちゃう。そのうち尿瓶とか買っちゃうかも」
「はあ? 何やってんの?」
「だってさ、妹に結婚先越されて、こっちは彼氏もナシだよ。やってられない」
「ふうん。じゃあさ、俺と付き合う?」

同僚の彼に、ちょっとときめいた。

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