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新盆帰り [ファンタジー]

新盆で家に帰る途中、迷っている男の霊と会った。
「どうされました? 家がわからないのですか?」
「ええ、すっかり迷ってしまいまして。足がないから感覚が掴めないんですよね」
「ははは、わかりますよ。私も初めての盆帰りでね、どうも勝手がわかりません」
「そうですか。新盆ですか。それは賑やかで羨ましい。私なんぞは12年目ですからね。寂しいもんです」
「12年目なのに迷子なんですか?」
「ええ、どうやら引っ越したらしいんですよ」
「お気の毒に。よかったらうちに来ませんか?」
「いやあ、そんな。よそ様の家に帰っても」
「いいじゃないですか。どうせ見えないんだから」
「そうですか。じゃあ、お言葉に甘えて」

家に着いた。みんなが集まっているのだろう。笑い声が聞こえる。
私は、初対面の幽霊さんと一緒に家に入った。
「賑やかでいいですね」
「妻と息子が3人、孫が5人いますからね」
居間では酒盛りが行われていた。
息子たちは赤い顔で近況を話し合っている。
妻と、3人の嫁がおしゃべりしながら料理を運び、孫たちはゲームをしている。
「いやあ、お恥ずかしい。誰も仏壇なんか見ていませんよ」
「どこの家もそういうものですよ。いつまでもしんみりしている方が珍しい」

仏壇には、酒が供えられている。
「どうです、一杯」
「いいですなあ。いただきましょう」
「次男の嫁の実家が造り酒屋でしてね、旨い酒を送ってくれるんです」
「ほう、これは旨い」
酒を酌み交わしているのに、仏壇の酒は全然減らない。
テーブルに並ぶ料理も、匂いだけで充分楽しめる。
死なないと分からないこともあるものだ。

宴もたけなわ。盛り上がったところに、突然女の霊が現れた。
壁からひょっこりやってきて、男の袖を引っ張った。
「あんた。またこんなところに上がり込んで、迷惑でしょう」
男は一気に酔いがさめたように静かになった。
「あの、あなたはいったい?」
「あたしはこの男と、生前ちょいと縁があった者よ。この人はね、無縁仏なの。墓もなければ帰る家もないのよ」
男は、ばつが悪そうに下を向いた。
「好き勝手に生きて、女房と子どもに縁を切られた哀れな男よ。帰る場所がないものだから、毎年こうやって、新盆の家にお邪魔してご相伴に預かっているってわけ」

「ほらほら行くわよ」と、男は女に首根っこを掴まれて、すごすごと出て行った。
馴染の客と女将さん。そんな関係だろうか。何だか少し羨ましい。
急に寂しくなった。
無縁仏か。そういう人もいるんだな。
私は仏壇に供えられたたくさんの進物や果物を見た。
幸せだな。私は。

テレビから、北島三郎の歌が聞こえて来た。
「あっ、これ、おじいちゃんの十八番!」
孫の一人が言った。
「こればっか歌ってたよね」
「たいして上手でもないのにね」
どっと笑いが起こって、みんなが仏壇を見た。
妻が、少し寂しそうに言った。
「下手でも、もう一回くらい聴きたいわね」

私は歌った。きっと誰にも聞こえないだろう。
みんなの視線はテレビに戻った。
それでいいんだ。
たまに思い出してくれたら、それでいいよ。



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