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双子の美人の霊 [コメディー]

深夜のカフェに入ると、店員に声を掛けられた。
「3名様ですか」
「いや、ひとりだけど」
思わず振り向いたけど、もちろん誰もいない。僕はひとりでここに来た。
「あっ、失礼しました」
店員はうつむきながら、僕をテーブルに案内した。

テーブルに座ると、別の店員が水を3つ持ってきた。
「いや、ひとりだけど」
「あっ、失礼しました」

僕の前に、誰か座っているのか? しかもふたり?
気持ちが悪いので出ようとしたら、店長が来た。

「お客様。大変申し上げにくいのですが、お客様の前に双子の霊が座っています」
「双子の幽霊?」
「はい。かなりの美人です。お心当たりはございますか?」
「いや、全くないなあ。美人とは縁がないから」
この店の店員には、全員霊感があるのだろうか。
どんなに目を凝らしても、僕には美人の双子は見えない。

「それで、あの、こちらの双子の美人の幽霊さまが、パンケーキを注文したいとおっしゃってますが、いかがいたしましょう」
「幽霊がパンケーキ? 食べられないでしょう」
「はい。ですが、このふたり、パンケーキを食べ行く途中で事故に遭われたようで、パンケーキを一目見ないと成仏できないと言ってます。なんてお気の毒な。こんなに若くて美人なのに」
店長は涙声で言った。

「いいけどさ、支払いはどうなるの?」
「それはお客様が。お客様のお連れ様ですから」
「見ず知らずの幽霊に、俺がご馳走するの?」
「はい。双子の美人はお客様に一目ぼれしたそうです。好みのタイプだそうです。一緒にパンケーキが食べたいと、おっしゃっています」
「うーん。悪い気はしないな。で、本当に美人なの?」
「はい。店に入ってこられた時、石原さとみかと思いました」
「石原さとみ? 本当に?」
「はい。大きな瞳や、ふっくらした唇など、もう石原さとみそのものです」
「あの唇、いいよね」
「はい。今まさに、お客様の目の前に、石原さとみがふたりいるんですよ」
「まいったなあ。わかった。パンケーキ3つ」
「スペシャルの方でよろしかったでしょうか。オーダー入ります。スペシャルパンケーキセット3つ!」

というわけで、深夜にフルーツと生クリームがたっぷり乗ったパンケーキを食べている。
石原さとみに見られていると思うと緊張する。
「お、おいしいですね」などと声をかけてみたが、当然返事はない。
店長が通りかかったので尋ねてみた。
「ねえ、店長さん、彼女たち、何か言ってる?」
「ああ、とっくに成仏されましたよ。もういません」
「えっ、もう? 成仏早くない?」
店長は「そういうものです」と伝票を置いて、さっさと厨房へ下がった。

伝票を見ると『9,800円』
コーヒー一杯だけのつもりが、9,800円! 
テーブルには、手つかずのスペシャルパンケーキがふたつ。
もったいないけど、もう食べられない。

伝票を持って立ち上がり、名残惜しそうにふたつのパンケーキを見た。
すると店員がやってきて、にこやかに言った。
「ご心配なく。食品ロスにならないよう、私たち店員が責任をもっておいしくいただきますので。ありがとうございました」

ああ、なんか胸やけする。

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