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ピンポンダッシュ

北風の通学路。
毎日のようにピンポンダッシュをしていく悪ガキがいる。
「ピンポ~ン」
ほーら、来た。何も玄関まで出ていくことはない。
窓から顔を出して「こらっ」と叱りつけてやる。
悪ガキは、憎たらしく舌を出して走って行く。
どこの子どもか知らないけれど、何が楽しいのかね。

老人ばかりの集合住宅で独り暮らしだ。
定期的にケアマネージャーが様子を見に来てくれる。
子どもたちに迷惑を掛けたくないから、半年前からここで暮らし始めた。

そんなある日、隣の家から怒鳴り声が聞こえた。
外に出てみると、いつもの悪ガキが隣のじいさんに捕まっていた。
「どうかしたの?」
「このガキが、用もないのにチャイムを鳴らして逃げるところを捕まえたんだ」
悪ガキは、ばつの悪そうな顔で縮こまっている。
「悪かったねえ。その子はうちに用があったんだよ。間違えて隣のチャイムを鳴らしちまったんだ。お騒がせしてごめんよ。ほら、こっちにおいで」
「なんだそうか。似たような家だから間違えたのか。これから気を付けろよ」
お隣さんは「おお、寒い」と言いながら、家の中に入った。
「ほら、あんたも家にお帰り。これに懲りて、ピンポンダッシュはやめるんだね」
悪ガキは走り出したと思ったら振り返り、「あっかんべえ」と舌を出した。
何だい。なんてガキだ。助けてやるんじゃなかったよ。

翌日、懲りずに悪ガキがやって来た。
「こらっ」と窓から覗いたら、悪ガキが母親らしき女性と並んで立っていた。
謝りに来たのかね。別にいいのに。
玄関に出ると、母親らしき女性が深々と頭を下げた。
「息子がご迷惑をかけたようで、申し訳ありません」
「別に大したことじゃないよ。まあ、立ち話も何だし、上がっていきな。寒いから」
遠慮すると思ったけど、ふたりはすぐに上がり込んだ。
最初からそうするつもりだったみたいだ。
キョロキョロと部屋を見まわしたり、柱を触ったりしている。
「古い家が珍しいかい?」
声をかけると、母親が顔を赤くして「すみません」と言った。

悪ガキはちゃっかりコタツに入っている。
図々しい親子だね。別にいいけど。
「お茶でも淹れようかね」
そう言って振り向くと、母親が泣いていた。
「えっ、あんた、どうしたの?」
悪ガキが、ごろごろ寝転びながら言った。
「おばあちゃんの家だったの、ここ」

母親がハンカチで目元を押さえながら「すみません」とまた言った。
どうやらあたしの前にここに住んでいた人が、この人の母親だったらしい。
「母とはケンカばかりしてました。息子が懐いているのをいいことに甘やかすから」
「孫は可愛いからね。仕方ないだろ」
「もっと優しくしてあげればよかったと、悔やんでばかりです」

母親の泣きごとをよそに、悪ガキがケロッとした顔で言った。
「おばあちゃんの家にもコタツがあったよ。おばあちゃん、寝ながらお菓子食べても怒らなかったんだ」
悪ガキは、ゴロゴロしながら「お菓子ないの?」なんてほざいている。
あたしは悪ガキのコタツ布団を引っぺがした。
「あたしはね、あんたのおばあちゃんみたいに優しくないよ。怖いよ。鬼婆だよ。お菓子もないよ。それでもいいならまたおいで」
悪ガキは、震えながら「はい」と言った。

母親は、涙を拭いながら笑った。
「本当にすみません。お茶は私が淹れます。座っててくださいな」
「そうかい?」と、お言葉に甘えてコタツに入った。
悪ガキが、上目遣いにあたしを見ている。
よく見ると、なかなか可愛い子じゃないか。
……と思ったのもつかの間、「あっかんべえ」と舌を出した。
ふん。やっぱり悪ガキだね。まあ、別にいいけどね。

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