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帰郷の理由

15年ぶりに、故郷に帰ることにした。
東京で就職してからは忙しさもあったけど、「結婚はまだか」と言われるのが嫌で帰らなかった。

「お母さん、明日帰るから」
「えっ、何で帰るの?」
「何でって、何でもいいでしょう」
「良くないでしょう。何で帰るのよ」
「なに、迷惑なの?」
「違うよ。何で帰るのか聞いてるだけよ」
「もういい。とにかく帰るから!」

ああ、何だか拍子抜け。
娘が実家に帰るのに理由が必要?
しかも15年ぶりに帰る一人娘に、第一声がそれ?
まあ、帰らなかった私も悪いけど「待ってるよ」くらい言っても良くない?

そもそも理由なんてひと言じゃ言えない。
40歳手前で10年付き合った男にフラれて、仕事に生きようと思ったら新任の上司とそりが合わずに転職。
転職先は信じられないブラック企業で即辞表。
おまけにアパートのオーナーが変わって、立ち退きを要求された。
ここ一年で色々あって疲れちゃった。
貯金があるうちに、地元に帰ってやり直そうって思った。
そういうのは、ご飯を食べて落ち着いてからゆっくり話すつもりでいるのに、いきなり理由を聞くなんて、お母さんは鬼だわ。
もしかして、15年も帰らなかった仕返し?
まあいい。とにかく帰る。今の私にはそれしかないんだ。

在来線に揺られること3時間。
乗り継ぎのローカル線で30分。
懐かしい駅は変わっていない。
ああ、なんて静か。のんびりしている。山が近いな。
実家はここからバスで30分。
時刻は午後5時。もう辺りは暗いし、寒い。
早く帰ろうとバス停に向かったけれど、バス停がない。
嘘でしょう? 通りかかった自転車の高校生に尋ねてみた。
「ねえ、バス停の場所、変わった?」
「バス、ないですよ。3年前に廃線になって、今はありません」
なんですって? 確かに私がいた頃から乗る人まばらだったけど、まさか廃線?
すぐに母に電話をかけた。しゃくだけど迎えに来てもらうしかない。

「お母さん、バスないんだけど」
「そうそう、なくなっちゃったのよ」
「あのさ、悪いけど迎えに来てくれる?」
「無理よ。あのね、お父さんとお母さん、後期高齢者になったのを機に、去年免許返納したんだわ。今はほら、ネットスーパーもあるし、乗り合いタクシーもあるからね」
「えー、じゃあ私、どうしたらいいの?」

「だから訊いたでしょう。何で帰るのって(バスないけど)」
「えっ、そういう意味?」
「あんた、電話切るの早いから。タクシー呼びなさい。4千円くらい持ってるでしょ」
げげ、タクシー代が4千円? 田舎舐めすぎてた。
私は、山道を走るタクシーのメーターが、どんどん上がるのを眺めながら思った。
「まずは免許取ろう」

懐かしい家に帰ると、お母さんはご馳走を作って待っていた。
「ああ、お母さんのご飯、おいしい」
「ところであんた、何で帰って来たの?」
「え、だから電車とタクシー」
「いや、そうじゃなくて、何で帰って来たの?」
「だから電車と……」
日本語ってややこしい。

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