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饅頭屋のクリスマス

小さな駅前の商店街。
昔は12月になると、街路樹にキラキラのイルミネーションを飾ったものだ。
駅からまっすぐ光のトンネルを歩くみたいだった。
あの頃は賑やかだった。
ケーキを売る声、おもちゃ屋の前で立ち止まる子ども、揚げ物や総菜のいい匂い。
今じゃすっかり寂れて、3分の2はシャッターを閉じたままだ。

私は先祖代々続く饅頭屋を、細々と続けている。
嫁に来た頃は忙しかったけど、今は常連客しか来ない。
閉店は午後7時。また売れ残っちゃった。
夫はさっさと奥に引っ込んで、晩酌を始めている。
「やれやれ」と片付けをしていると、ひとりの男が飛び込んで来た。
「もう終わりですか?」
「はい、この通り、もう閉店時間です」
「饅頭一個だけでも売ってくれませんか。朝から何も食べてなくて、もうフラフラで倒れそうなんです」
男は大げさに腹を押さえた。
「それなら饅頭なんかより、ご飯を食べた方がいいですよ。この先に、ラーメン屋がありますよ」
「もう一歩も歩けません」
あまりに情けない声を出すので、私は仕方なく、奥から売れ残りの饅頭をふたつ持ってきて男に渡した。
男はそれを、のどに詰まらせるような勢いで食べた。
温かいお茶を淹れてあげると、ようやく落ち着いたように「ふう」と息を吐いた。
「よっぽどお腹が空いていたんですね」
「ええ、きのうの夜から働き通しで」
「あらまあ、ご苦労様。どんなお仕事?」
「サンタクロースです」
やだ。つまらない冗談。こういうのって、何かツッコんだ方がいいのかしら?

「ご馳走様でした。おいくらですか?」
「お金はいいですよ。残り物だから」
「そうはいきません。そうだ、じゃあ、プレゼントを差し上げましょう。何がいいですか?」
「いえいえ、初対面のお客様にプレゼントをいただくわけにはいきません」
「いいんですよ。言ったでしょう、僕はサンタクロースです」
ああ、ヤバい人だ。適当なこと言って追い返そう。

「じゃあ、イルミネーションがほしいわ」
「イルミネーション?」
「そう、この商店街をキラキラにしてほしいわ」
「わかりました。それでは奥さん、メリークリスマス」

男は店を出ていった。変わり者だな。頭がおかしいのかしら。
シャッターを閉めようと外に出た私は、思わず息をのんだ。
キラキラだ。商店街の端から端までキラキラだ。
街路樹が、シャンパンカラーのイルミネーションに染まっている。
「あなた、ちょっと来て」
「なに?」と面倒くさそうに出てきた夫が目を見張った。
「何だこれ。すごいな」
コンビニにたむろしていた学生や、駅から出て来た人たちが集まって来た。
「すごい」「きれい」「SNSにのせよう」「友達呼ぼう」
商店街が、久しぶりに賑わい始めた。

「あなた、酒飲んでる場合じゃないわ」
「えっ?」
「饅頭作って売りましょう。正月に配る予定の甘酒も売ろう。今日から閉店は21時よ」

サンタクロースって、本当にいるのね。
来年は、饅頭3個取っておくわ。

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