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ケンカするほど……… [男と女ストーリー]

隣の部屋から怒鳴り声が聞こえて、「またかよ」と彼が言った。
隣の夫婦は、ほとんど毎日ケンカをする。
「あんなに怒鳴り合って、よく疲れないな」
「体力消耗するよね。きっとすごくタフなのね、ふたりとも」
「こんなに罵り合っているのに、よく別れないよね」

私たちは、仲良しだ。ケンカなんてしない。
たまにしか会えないのに、ケンカしたらもったいない。
彼のために時間をかけて料理をして、大人の会話で夜を楽しむ。

『なんでビールがねえんだよ』
『あんたの稼ぎが少ないからだろう。飲みたきゃ自分で買ってきな』
『なんだその言い草は』

「ビールが飲めないだけでケンカしてるのか」
「大声出したら、余計に喉が渇くのにね」

茹で上がったパスタを皿に盛る。
生ハムのサラダとチーズの燻製を並べる。

『おまえのやりくりが下手なんだ。俺のせいにするな』
『あんたね、物価は上がってるんだよ。消費税も上がったんだ。上がらないのはあんたの給料だけだよ』
『それは俺のせいじゃねえ。国が悪い』
『じゃあ国にビール買ってもらえ』
『バカじゃね、金がないならお前も働け』
『働けるわけないだろ。お腹に子供がいるんだよ』

「へえ、お隣さん、子供が出来たんだ」
「どうりで奥さん、最近太ったと思ったわ」
「何だかんだ言って、仲いいじゃん」

赤ワインを注いで、彼の前に置く。

『あたしが里帰り出産している間に浮気したら、あんたを殺すからね』
『金もねえのに誰が浮気なんかするか、バーカ』
『じゃあ、あんた一生貧乏でいなよ』

「なんだよ、奥さん、ベタ惚れじゃん」
「そうだね」
「ケンカするほど仲がいいってやつか」
「そうだね」
「どうでもいいけど、やっと静かになったな」

彼が、ワインを口に運ぶ。奮発して買った、ちょっといいワイン。

「あなたもケンカするんでしょう。奥さんと」
「なんだよ、急に」
「家では安いビールしか飲めないって、前に言っていたでしょ」
「やめろよ、そんな話」
「私も一度くらい、あなたとケンカしてみたかったな」
「なんだよ。どうして過去形なんだよ」
「だってあなた、もうすぐ死ぬから」

ワイングラスが床に転がる。彼がゆっくり椅子から落ちる。
すごく勉強して、苦しまない方法を選んであげたのよ。

ねえ、お隣さん。男は金がなくても浮気するよ。
独占したくなるような、いい男だったらね。

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