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生存確認

「こんにちは」
嫁が来た。40過ぎてようやく結婚した息子の嫁だ。
毎週土曜日、判を押したように同じ時間に来る。
杓子定規な人で変わった人だ。
「お義母さん、週に一度の生存確認に来ました。お元気そうで何よりです」
「はいはい、生存確認ね。ご苦労さん。洋一は元気? このところ顔を見せないけど」
「洋一さんは元気です。公私ともに順調です」
「職場の挨拶みたいだね」

「お義母さん、お茶の葉を変えましたか? 深みが違いますね」
「おや、よくわかったね。ネットで取り寄せたんだ。便利な世の中だよ。若い人の世話にならなくても何でもできる。生存確認なんて必要ないんだよ」
「好きでやってることですから、お気になさらずに」
全く、何でも事務的な人だ。

「つつじがきれいですね」
「放っておいても毎年咲くよ。ありがたいね」
「あの葉っぱは、アジサイですか?」
「そうそう、あれも毎年咲くよ。きれいだよ。まるで虹の国みたいだ」
「虹の国ですか。全く想像できません」
「まあ、見ればわかるよ。来月には咲くから、生存確認のついでに見れば」
「残念ですが、それは出来ません」
「どうして?」
「近々洋一さんから報告があると思いますが、私たち離婚することになりました」
「何だって! 結婚してまだ一年も経ってないのに?」

「お義母さん、私たちは婚期を大きく過ぎてから出会いました。結婚相談所で紹介されて、恋愛もしないまま結婚しました。結婚して、社会的役割を果たしたような気がしました。つまり、それで満足してしまったんです」
「上手くいかなかったのかい。そりゃあね、暮らしてみたら色々あるさ。若くたって恋愛結婚だってそれは同じだよ」
「違うんです。洋一さんに、好きな人ができました。私と結婚した後に運命の人に出会ったんです。ちゃんと恋愛して結婚したい人に出会ったそうです」
「そんなひどい話があるかい」
「いいんです。彼は少し早まっただけです。結婚という社会的制度に振り回されて、早まったんです」
「だけどさ、あんたが不憫だよ。親が口出す年齢でもないけどさ、あんた、それでいいの?」
「お義母さん、私、離婚を切り出されたとき、そんなに悲しくなかったんです。つまり、それが答えです」
嫁は背筋を伸ばしたきれいな姿勢で、お茶を飲みほした。

「生存確認は、きちんと引き継ぎますのでご心配なく」
「どうだっていいよ、そんなこと」
嫁はゆっくり立ち上がり、庭を眺めた。
「お義母さん、短い間でしたけど、お義母さんと一緒に庭を眺める時間が好きでした。出来れば私、この家で暮らしたかったです」
「築40年のボロ屋に? あんた変わってるね」
「本当ですよ」
嫁が笑った。結婚式でも笑わなかったのに。
けっこう可愛いじゃないの。

「あのさ、生存確認は、やっぱりあんたにお願いしたいよ。せめてアジサイが咲くまではさ」
「承知しました。では、これからは嫁ではなく、茶飲み友達として伺います」
やけにすっきりした顔で、嫁は帰っていった。
歩幅が少しだけ乱れて、背中が少しだけ震えていた。
素直じゃないね。泣けばいいのに。

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