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未来の食卓 [SF]

私が幼いころ、母は誰よりも早く起きて家事をこなしていた。
「お母さん、朝から大変だね」と私が言うと母は笑いながら言った。
「何言ってるの。洗濯は洗濯機がやるし、ごはんは炊飯器が炊くし、お湯はポットが沸かしてくれるのよ。大したことないわ」
偉いなあ。私もお母さんになったら、母のようになりたいと思った。

そして今、私は二人の娘の母になった。
お母さんのようになりたくて、久しぶりに早起きをした。

「ママ、おはよう!どうしたの? 今日はやけに早いね」
「あら、リナちゃんおはよう。今朝はね、炊飯器でごはんを炊いたのよ」
「ゲッ!炊飯器なんて売ってたの? 家電ミュージアムでしか見たことないよ」
「アキバの古い電気屋さんで見つけたの。ちゃんと動くのよ」
「今どき炊飯器でご飯炊く家なんかないよ。ねえ、なんか焦げてない?」
「えっ? あらいやだ。お水入れるんだったわ」
「もういいよ。ほら、焦げ臭いからパパとユナが起きてきちゃったよ」
「おはよう。ママ、なにごと?」
「ごめんなさい」
「クッキングマシンに頼もう。へいクック、朝食作って」
『かしこまりました。お好みのメニューをどうぞ』
「パパは和食、あたしとユナは洋食。ママは?」
「じゃ、じゃあ、中華で(しょんぼり)」
『かしこまりました』

ここ30年で、AI技術は目覚ましい発展を見せた。
特に家事分野では、世界中が競い合うように技術を磨いた。
女性が家事をやる、男性が家事をやる、そんな議論は遠い昔の話。
最新のクッキングマシンは、フリーズドライの材料を定期的に補充すれば、バランスの取れた料理を10分で作ってくれる優れものだ。

「キャー! ママ、洗面所が泡だらけ」
「あら、洗濯機に洗剤を入れ過ぎたかしら」
「もう、洗濯機も買ったの? クリーニングボックスに入れたら畳むところまで自動でやってくれるのに」
「ママ、どこに干すんだよ。今どき洗濯物を外に干す家なんかないぞ」
「そうだよ。友達に見られたら恥ずかしいよ」
「ごめんなさい。でも、一度やってみたかったのよ。パンパンってやつ」
「ああ、俺のおふくろも良くやってたなあ。あのTシャツを叩く音、気持ちよかったな」
「はいはい、令和の話はそのくらいにして。朝食できたよ」

ピピピピ ピピピピ
「なに、この音?」
「炊飯器? 洗濯機? ママ、また何かやらかした?」

ピピピピ ピピピピ
「ほらほら、起きなさい。目覚まし時計が鳴ってるでしょ」
「えっ、お母さん?」
「学校に遅刻するわよ。早く朝ごはん食べなさい」
なんだ夢か。そうだよね、30年やそこらであんなに科学が発展するわけないよね。

「おはようお母さん、朝ごはん何?」
「和食と洋食どっちがいい? 好きな方を選んでボタンを押しなさい」
「えっ?」
「クッキングマシンよ。お父さんの会社で造ったの。まだ試作品なんだけど、なかなか便利よ」

ああ、まんざら夢でもなかった。

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