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影がないのは [ホラー]

放課後、いつものようにユウ君と待ち合わせをした。
同じ方向だから、一緒に帰ることになっている。
五月の木漏れ日がキラキラ光るケヤキの下で、ユウ君はぼくを待っていた。

「ユウ君ごめんね。そうじ当番でおそくなっちゃった」
「別に平気だよ。さあ帰ろう」
ぼくたちは、並んで歩き始めた。ユウ君は、何だか少し元気がなかった。
の葉っぱが反射しているせいか、ちょっと顔色も悪い。
確かにユウ君なのに、何かがちがうような、不思議な感じがした。
「ユウ君、クラスで何かあった?」
ぼくたちは、二年生になってクラスが離れてしまった。
ユウ君のクラスには、いじめっ子がいるのかもしれない。
先生も、ちょっと怖そうだ。
ユウ君はおとなしいから、何かひどいことをされているのかもしれない。
「別に何にもないよ。ちょっとお腹が空いているだけさ。サトシ君は優しいね」
ユウ君が笑った。いつもの笑顔だ。なあんだ、お腹が空いているのか。
安心した。だけど安心したとたん、ぼくは奇妙なことに気づいてしまった。

ユウ君に、影がない。
後ろから太陽が照りつけて、ぼくの影はこんなにくっきり映っているのに、ユウ君には影がない。
どうして影がないんだろう? 影がないのって、なんだっけ。
前に何かの本で読んだことがある。ぼくは心の中で考えた。幽霊? 死神? 妖怪?

「吸血鬼だよ。サトシ君」
ユウ君が、ぼくの耳元でささやいた。
「えっ?」と振り向く間もなく、ユウ君はぼくの首すじにかみついた。
意識がだんだん遠くなる。どういうこと。ユウ君、これ、どういうこと?

気がついたら、ぼくは保健室で寝ていた。
「目が覚めた? 校門のところで倒れていたのよ。多分貧血だから、栄養のあるものをたくさん食べなきゃダメよ」
保健の先生は優しく言った。若い女の先生で、生徒たちに人気がある桃子先生だ。
「先生、ユウ君は?」
「ユウ君? お友達はいなかったわ。きみは一人で倒れていたのよ」
あれは、夢だったのかな。ユウ君に会う前に、校門の前で倒れてしまったのかな。
「最近、貧血の子が多いのよね。きみ、一人で帰れる? おうちの人に来てもらう?」
「大丈夫です」
ぼくはゆっくり起き上がった。不思議だ。すごくお腹が空いている。
少しよろけたら、桃子先生が体を支えてくれた。
「あれ、首に傷があるわよ。虫に刺されたのかしら。絆創膏を貼ってあげるね」
桃子先生がぼくの首に手を当てた。先生は、長い髪をひとつに束ねている。
白くて細い首すじがぼくの目の前にあった。
「吸いたい」
「えっ? 何か言った?」

ぼくは桃子先生の首すじにかみついた。そしてゆっくり血を吸った。
なぜそんなことをしているのか自分でも理解できないけれど、空腹が満たされるまで、夢中で血を吸った。
なんておいしい。なんていい気分だ。
「先生ありがとう」
絆創膏を持ったまま倒れている桃子先生は、きっとじきに目覚めるだろう。
そしてぼくと同じように誰かの血を吸って、いつも通りの優しい先生に戻るだろう。

五月の空は、夕方でもまだ明るい。早く夜にならないかな。
どうしてだろう。太陽が苦手だ。
「あれ、サトシ君?」
家の近くで声をかけられた。振り向くと、隣の家のおねえさんだ。確か中学二年生。
「遅いね。さては居残りだな」
「ちがうよ」
おねえさんは、ぼくの隣に並んで歩きだした。そして、不意に言った。
「サトシ君、どうして影がないの?」
あっ、本当だ。ぼくの影がない。そしておねえさんの心の声が聞こえる。
『影がないのって、何だっけ。幽霊? 死神? それとも……』
ぼくはおねえさんの後ろに回って、耳元でささやいた。

「吸血鬼だよ。おねえさん」

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ある児童書の公募に出したものです。
2つ出して、1つ採用されました。
こちらは落選作です。採用作はアンソロジーの本として出版されます。
そのときはお知らせしますね。

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