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懺悔の春 [男と女ストーリー]

穏やかな、早春の庭である。

「梅の花が咲きましたね」
「ああ、春だな」
「春ですね」
「おまえには、今まで苦労かけて悪かったな」
「あら、何ですか、急に」
「家のことをきちんとやって、毎日弁当を作ってもらったのに礼も言わず、数々の女性蔑視発言、本当にすまなかった」
「あらあら、どうしちゃったんです?」
「女は黙っていろ、女のくせにと、事あるごとに言ってきた。風呂はまだか、めしはまだか、お茶くれ、酒出せと、当然のように言ってきた」
「まあ、そうですねえ」
「大いに反省した。だからおまえ、離婚なんて考えないでくれ」
「あらいやだ、あなた。フフフ、引き出しの離婚届を見たんですね」
「そうだ。爪切りを探しておまえのタンスを開けてしまった。まさか離婚を考えていたなんて」
「ちがいますよ。あれはね、お守り代わりに母が持たせてくれたんです。いつでも離婚できると思ったら、大概のことは我慢できるからって」
「そうなのか。なんだ、そうか。俺はてっきり熟年離婚されるものだと思っていた」
「そんなことしませんよ」
「まったく、紛らわしい物をタンスに入れておくな」
「はいはい。あっ、それからあなた。おまえって呼ぶのもアウトですよ。私には美佐子という名前があるんですからね」
「ああ、そうか。じゃあ、美佐子、ジョンの散歩に行ってくる」
「行ってらっしゃい。陽介さん」

美佐子は、夫を見送ってポケットからスマホをとりだした。
「もしもし、ヒロシさん。私やっぱり、夫とは離婚できないわ。あんな人でも情はあるし、それにね、わりと可愛いところもあるのよ。だからごめんなさい。私たち、お別れしましょう」

梅の花が見事に咲いた早春の庭。
「懺悔するのは私の方ね」

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