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田辺さん [男と女ストーリー]

憧れていた田辺さんが会社を辞めた。
退職して、専業主夫になるそうだ。
何でも奥さんは敏腕弁護士で、かなりの高収入らしい。
だから田辺さんが、家事と育児に専念するそうだ。
「よく決断したよね、田辺さん、男のプライドないのかな」
「奥さんってどんな人かな。尻に敷かれてるんじゃない」
そんなふうに陰口をいう同僚もいたけれど、私は立派だと思う。
妻が心置きなく働けるようにサポートするなんて、最高の夫だ。

田辺さんは同じ町内に住んでいるので、スーパーでたまに見かける。
小さな子どもを連れて買い物をしている。
実にいいお父さんで、買い物も慣れている。どこから見ても立派な主夫だ。

田辺さんの奥さんは、どんな人だろう。
きっと洗練されたスーツを着こなす知的な美人だろう。
それに比べて私は、もう3年くらい服を買っていない。
暴力亭主と別れてから、派遣の仕事と子育てで毎日クタクタだ。
田辺さんが私の夫だったら、私はもっと輝ける。
シャンパングレーのスーツに8センチのピンヒールを履いて、「晩ご飯何にしよう」とか、「洗濯物乾いたかな」なんて考えることもなくバリバリ働く。
田辺さんの奥さんのように、デキる女になれるはずだ。
会ったこともないその人に、私は激しく嫉妬した。

月曜の朝、息子を保育園に送って駅に向かっていると、田辺さんに会った。
田辺さんは私に気づき「今から出勤?」と声をかけてくれた。
「はい。田辺さんは、お出掛けですか?」
「忘れ物を届けに駅までね。大事な書類を忘れたって電話があってさ。しっかりしているようで抜けてるんだよな」
田辺さんは愛おしそうに、手に持った封筒をかざした。
「忘れ物を届けるなんて、優しいんですね」
「外で戦っているからね。家では思い切り気を抜いてほしいんだよ」
ああ、なんていい夫だろう。奥さんが羨ましい。
私は結婚していた時も今も、まるで余裕がない。
田辺さんが夫だったら。ああ、またそんな夢みたいなことを思ってしまう。
斜め前を歩く田辺さんの寝癖頭を優しく撫でたい衝動を抑えて、歩幅を合わせる。
駅に着いたら、奥さんに会える。
田辺さんが選んだ人が、どうか嫌な女じゃありませんように。
どうか私をガッカリさせないで。

駅に着くと、田辺さんは大きく手を振った。
「大事なものを忘れて。本当に君は僕がいないとダメだなあ」
田辺さんが封筒を差し出した人は、センスのいいスーツを着た中年男だった。
田辺さんは、「行ってらっしゃい」と彼のネクタイを直した。
えええ~、そういうこと? うそでしょ。子供いたじゃん。
心の声が、思わず口から出てしまったようで、田辺さんが振り返った。
「彼の連れ子なんだ。今では僕たち二人の子供だけどね」

彼を見送る田辺さんは、すごく可愛い奥さんで、きっとすごく優しいお母さんだ。
私は田辺さんに駆け寄って、手早く寝癖を直してあげた。
「田辺さん、今度スーパーの特売いっしょに行きませんか」
「えっ、いいけど」
「私たち、いいママ友になれそうですね」
「ママ友? ああ、いいね、ママ友」
田辺さんは、嬉しそうに笑った。

田辺さんに手を振って改札を抜けた。
ウンザリするような満員電車の中、私は少しだけ笑顔になった。

***
久々の更新になってしまいました。
ネット環境を変えたら繋がりがイマイチで、なんかストレス。
頑張れWi-Fi!!

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A君とB子 [男と女ストーリー]

あのさ、これは友達の話なんだけど、そいつ、仮にA君にするね。
A君には、生まれたときからずっと一緒の幼なじみの女の子がいるんだ。
生まれたときから一緒だからさ、妹みたいなものだよね。
だけどね、最近急に彼女を意識するようになったんだって。

8歳くらいまで風呂も一緒に入っていたし、お泊りして一緒の布団で寝たことだってある。友達っていうより家族みたいな関係だ。女として見たことなんか一度もない。
それなのにさ、急に彼女のことが好きになっちゃったんだって。

A君は割とイケメンだからモテるんだよ。
それでさ、色んな女の子に告白されて付き合ったけど、どこかでその幼なじみと比べてしまうんだって。
付き合った彼女と、幼なじみと、どっちが好きかって心に問いかけると、答えはいつも幼なじみの方だった。
つまりさ、A君にとって一番好きな女の子は、幼なじみの彼女なんだよ。
それに気づいて、何度か告白しようとしたらしいんだけど、どうもうまくいかない。
だってさ、今更「好きです、付き合ってください」って言ってもさ、
「なにそれ、ドッキリ?」とか言われるのがオチさ。
だからさ、このまま幼なじみでいた方がいいのかな?
あっ、友達のA君がそう思っているみたいなんだけど、夕夏はどう思う?

「それ、本当に友達の話?」
「そ、そうだよ。A君の話だよ」

ふーん。あたしの友達のB子も、同じようなことを言ってたわ。
8歳くらいまで風呂も一緒に入っていたし、お泊りして一緒の布団で寝たことだってある幼なじみの男の子が、昔から好きなんだって。

結婚の約束もしたらしいよ。4歳くらいのときにね。
幼なじみの方は全く憶えていないらしいけどね。
その幼なじみは、自分ではイケメンだと思っているみたいだけど、B子が言うにはいつもフラれてばっかりだって。
来るもの拒まずで、ブスとばっかり付き合うんだって。
まあ、結局最後は、B子のところに戻ってくるんじゃないかって言ってた。
何しろ子供の頃とはいえ、婚約しているんだからね。

だけどね、B子も結構いい歳だし、優柔不断な幼なじみを待つよりも、マッチングアプリで金持ちの男でも探した方がいいのかな。
……って、友達のB子が言うんだけど、大樹くん、どう思う?

「それ、本当に友達の話?」
「そ、そうよ。B子の話よ」

「あのさ、大樹くん。A君はちゃんと気持ちを伝えた方がいいと思うわ。A君の幼なじみは、きっと美人で可愛くて賢くて優しい子だから」
「うん。伝える。ところで夕夏、B子ちゃんは、幼なじみを待っていた方がいいと思うな。男らしくて凛々しい幼なじみの彼は、きっと明日あたり告白するんじゃないかな」
「うん。わかった。B子に伝えるね」

不器用な幼なじみのふたりは、明日また会う約束をして別れた。

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若さの秘訣 [男と女ストーリー]

ご近所に住む絵里香さん。
私より2歳くらい年上のはずだけど、驚くほど若くて輝いている。
「若さの秘訣は何なの?」と尋ねてみたら、ニッコリ笑ってこう言った。
「そうねえ、強いて言えば、恋かしら。詳しく知りたい?」

その夜、絵里香さんに誘われて、会員制のバーに行った。
このバーで、若返りドリンクでも飲んでいるのだろうか。
絵里香さんに続いて中に入ると、カウンターだけの小さな店だった。
春の陽ざしみたいな暖かい色の照明が、店全体を包んでいる。
「いらっしゃいませ。今日は如何なさいますか」
低い声のマスターが、洒落たカードを手渡す。
「そうねえ、1985年もの、出していただける」
「かしこまりました」

「そのカード、なに? 絵里香さん専用みたいだけど。もしかしてワインのボトルをキープしているの?」
「違うわ。キープしているのは思い出よ。恋の思い出」
マスターが、桐の箱を持ってきた。
中には、たくさんの手紙や写真が入っている。
「1985年、私は丸の内のOLだった。華やかだったわ。エリートたちに連日誘われたけど、見向きもしなかった。私の彼は、売れない小説家だったのよ。貧乏だけど夢だけは持っている素敵な人だったな。多分今も売れてないけど。でもね、親にも友達からも反対されて、結局別れちゃったの。見て、彼のラブレターがこんなにたくさん。すごくロマンチックなのよ」
絵里香さんはウットリしながら昔のラブレターを読んだ。
「今日は気分がいいから、1975年ものもいっちゃおうかな」
「かしこまりました」

1975年、女子高生の絵里香さんは、美術教師と秘密の恋をしていたらしい。
愛を確かめ合ったスケッチブックの切れ端。
先生が描いた絵里香さんの絵。絵の具がついてしまった制服のスカーフ。
絵里香さんは瞳を潤ませて眺めた。
その後も絵里香さんは、何十年も前の恋と、その頃のピュアな自分を思い出して一喜一憂した。つまり、それが若さの秘訣だという。

「そうだったのね。じゃあ私には無理だ。そんな思い出ないもの」
「ご主人との思い出があるじゃないの」
「短大を出て就職した会社で知り合って、そのまま出来ちゃった結婚だもん」
「そうか。確かに主人との思い出は、私も保管してないわ。現在進行形だからかしらね」
だけど絵里香さんは幸せそうだ。定年退職したご主人は穏やかで優しい。
私は溜息を吐いた。
私の夫はいつも仕事ばかり。定年間近の今でさえ、帰ってくるのは深夜だ。
もっとたくさん恋をすればよかったと、早々に結婚してしまったことを悔やんだ。
私はきっと、このままどんどん、おばあさんになっていくのだ。

数日後、夫が会社で倒れて、そのまま帰らぬ人となってしまった。
無理していたことに、ちゃんと気づいてあげられなかった。
悲しかったけれど、どこか解放されたような気もした。

あのバーから電話があったのは、四十九日が終わった秋の日暮れだ。
「山田様の思い出をお預かりしております」
低い声のマスターが、お悔やみの後に告げた。
夫があのバーの会員だったとは、まったく知らなかった。

絵里香さんに付き合ってもらってバーに行き、夫の桐の箱を出してもらった。
恐る恐る開けると、そこには私が書いた走り書きのようなメモがぎっしり詰まっていた。
『お仕事ご苦労さま』『ごはん、チンして食べて』『ひろ子が熱を出しました』『パパうんどうかい、くる?』『結婚記念日だけど早く帰るのは無理だよね』『明日実家に行ってきます』『カレー温めて食べてね』

「やだ、こんな広告の裏の走り書きを、どうして?」
「山田様は、仕事の合間に時々来られて、楽しそうに読んでいましたよ」
「ご主人にとってはラブレターだったのね」
いつからか、こんなメモさえ書かなくなった。どうせ遅いし、どうせ無駄だし。
私の涙が止まるまで、絵里香さんは優しく肩を抱いてくれた。

それから私は、夫との思い出をバーに預けた。
振り返れば、素敵なことがたくさんあった。
月に数回バーに通って、夫との思い出に浸っている。

ある日、近所の奥さんに声をかけられた。
「山田さん、最近輝いているわ。若さの秘訣は何なの?」

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家とネコとこいのぼり [男と女ストーリー]

子ネコを拾ったの。ひどい雨の日にね、つつじの陰で震えていたの。
可哀想だから家に連れて帰って、温かい毛布でくるんでミルクをあげたらすっかり懐いちゃったの。すごくかわいいのよ。
でもね、私のアパート、ペット禁止なの。ばれたら追い出されちゃう。

「だからお願い、あなたのおうちで飼ってあげて」
同僚の太田さんに懇願されて、ネコを引き取った。
僕の家は庭付きの一軒家。2年前に亡くなった両親が残してくれた家だ。
一人暮らしには大きすぎる家だった。

ネコを引き取ったことがきっかけで、太田さんはしょっちゅう家に来ることになった。
ネコの餌を持ってくるついでに、夕飯を作ってくれるようになった。
そして、いつしか泊っていくようになった。
彼女の妊娠がわかって、僕たちは籍を入れた。
交際している感覚はまるでなくて、そこに愛があったかどうかもわからなかったけれど、
「赤ちゃんが出来たの。私たち、パパとママになるのよ」
と彼女が嬉しそうに言うものだから、「そうなんだ」と思った。

そして今僕は、3人のやんちゃな男の子の父親で、いつの間にか5匹に増えたネコと一緒に暮らしている。
「お父さん、早く~」
「お父さん、僕のコイも早く付けて~」
「お父さん、順番が違うよ」
僕は今、5匹のこいのぼりをあげている。
子供たちがまとわりつき、ネコたちが足にじゃれている。

「いいわねえ、こいのぼり」
青空で豪快に泳ぐこいのぼりを、妻と二人で縁側から見上げている。
「もうどこの家もあげなくなったからな。ご近所の名所になってるね」
「この前、写真を撮りに来た人がいたわ」
「迷ったけど、買ってよかったね、こいのぼり」
「そうよ。ほら見て。うちのチビたちみたいに元気に泳いでるわ」
「そうだね」
「私ね、絶対に一戸建ての家に住みたかったの。そして男の子が生まれたら、広いお庭がある家で、こいのぼりをあげるのが夢だったのよ」
「ふうん」
「あとね、ネコをたくさん飼うのも夢だったの。子供のころからずっとアパート暮らしだったからね」
「よかったじゃないか。夢が叶って」
「叶ったんじゃないわ。叶えたのよ」
妻が豪快に笑った。

子供を産む度に太って貫録を増した妻と、子供やネコたちに振り回されて、年々痩せていく僕。
僕たちは、意外とお似合いの夫婦かもって、最近になってようやく思い始めた。
「あとね、犬を飼うのも夢なの」
キラキラした目で妻が言う。
ああ、これもきっと叶えるんだろうな。まあ、いいか。

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駅までご一緒に [男と女ストーリー]

久々に定時で仕事が終わった。
あの恐ろしいウイルスのせいで、会社の飲み会はすっかりなくなり、早々と会社を出た。
外はずいぶんと明るい。日が延びて、日に日に春を感じる。

「佐野さん」
不意に名前を呼ばれて振り向くと、隣の部署の女子社員が走ってくる。
だしか大森さんという名前の事務員さんだ。
「駅までご一緒しましょう」
「ああ、はい」
殆ど話したことがないけれど、割と美人だなと思っていた。
「たまに朝、駅でお見掛けするんですよ」
「そうなんだ。もしかして、同じ路線?」
「はい。でも私、下りなので逆方向です。残念だけど」
はきはきして感じがいい。マスクで表情は分からないけれど、きっと笑顔も素敵だろう。
僕を見かけて追いかけてくるなんて、ひょっとして気があるのかな?

「今年の桜は早そうですね」
「そうだね。来週には咲いちゃうかもね」
「うちの近くに、桜がきれいな公園があるんです。土日は賑やかなんですよ」
……もしかして誘ってるよね? だったらこっちからアプローチしてみよう。
「行ってみたいな。行く? 一緒に」
「ああ、今年はやめておきます。人が集まるところは怖いし」
「そ、そうだよね」
そうだ、その通りだ。感染予防だ。この子見た目よりしっかりしている。

「佐野さんって、彼女いるんですか?」
「今はいないよ。もう3年いないな」
「うそ。モテそうなのに。私、立候補しようかな」
「マジで。じゃあさ、この後食事でもどう?」
「ああ、それはやめておきます。どこにウイルスがあるかわからないから」
そうだ、彼女が言うとおりだ。
だけど、だけどさ、こんなチャンス他にあるか?
絶対僕に気があるだろう。

自転車をよけたはずみで、大森さんの柔らかい手が、僕の指に触れた。
手をつなぐチャンスだ。
僕はそっと、彼女の白い手を取った。
「佐野さん、ちょっと待ってください」
慌てて手を離すと、彼女は鞄から除菌シートを取り出した。
「これで手を拭いてからにしてください。念入りに拭いてくださいね。指と指の間も丁寧に、いいですか、佐野さん。ウイルスを甘く見てはいけませんよ」
「わかりました」
僕は念入りに除菌シートで手を拭き、大森さんもまた、僕が触れた手のひらをしつこいくらいに拭いていた。
「はい、どうぞ。これでとりあえずは大丈夫です」
ぎこちなく手をつなぎ駅に着くと、大森さんは鞄から、医者が使うような薄いゴム手袋を取り出して嵌めた。
「エスカレーターの手すり、つり革、この先は危険がいっぱいですよ。佐野さん、家に帰ったら真っ先に手を洗ってくださいね」
「うん。わかった」
「じゃあ、私こっちなので。ご一緒できて嬉しかったです」
「あ、あのさ、ウイルスが収まったら、デートしてくれる?」
「いいですよ。佐野さん、それまでどうかご無事で」

永遠の別れみたいな言葉を残して、大森さんは階段を駆け上がっていった。
何だか、カッコいい。
手のひらに残ったアルコールの匂いを嗅ぎながらつぶやいた。
「僕の春はもう少し先だな」


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クリーニング店の女 [男と女ストーリー]

10時きっかりに、男はクリーニング店を訪れる。
大量の洗濯物をカウンターに置いて「よろしくお願いします」と爽やかに笑う。
精悍な顔立ち、清潔感のある容姿、柔らかい物腰。
ユカリは、たちまち彼に惹かれた。
「きっと独身だと思うの。そうでなかったら、家で洗えるものまで持ってこないでしょ」
「洗濯をしてくれる恋人もいないなんて、ユカリちゃん、チャンスよ」
「そうよね。これは運命かもしれないわ」

ある日のこと。
「お客様、ポイントがたまったのでプレゼントを選んでください。この中から、お好きなものをひとつ差し上げます」
「どうしよう。君なら何がいい? どれを選ぶ?」
「私ですか。私なら、この入浴剤がいいかな」
「じゃあそれにする。その入浴剤を、君がもらってくれ」
「えっ、お客様、それは困ります」
「僕がもらったものを、君にあげるんだ。それならいいだろう。いつも君の笑顔に元気をもらっているからさ、そのお礼だよ」
キューン。ユカリの胸は爆発寸前。一日中、舞い上がって、フワフワ浮いているみたいだった。

「ねえ、あの人もユカリちゃんに気があるんじゃない? 絶対そうよ」
「やだ、まさか」
「お似合いだと思うよ。思い切って誘ってみれば」
同僚に冷やかされて、ユカリはその気になった。誘ってみよう。入浴剤のお返しに、食事でもどうですかって、思い切って言ってみよう。
そう心に決めた翌日、男はいつもの時間にやってきた。
いつものように、にこやかに応じたユカリだったが、彼を誘うことは出来なかった。
彼の洗濯物の中に、女物の服が混ざっていたからだ。
ブラウス、スカート、ワンピース。泣きそうになりながら、ユカリは伝票を打っていった。

「ショックだわ。彼、結婚していたのね」
「あらユカリちゃん、そうとは限らないわよ。だって奥さんがいるなら洗濯くらいするでしょう。恋人?妹?あっ、それとも女装癖があるのかも」
「それはそれで、ちょっといやだわ。でも、妹説はありうるかも」
同僚に励まされ、いいように解釈したユカリだったが、翌日、妹説は崩れ去った。
彼の洗濯物に女物ばかりか子供服が混ざっていたのだ。
赤いジャンパースカートやフリルの付いたピンクのブラウス。
赤ん坊のロンパースまである。

ああ、結婚して子供までいるなんて。それにしても奥さんはどういう人かしら。
洗濯もしないで、おまけにクリーニングも夫任せ。
いや、きっと仕事を持つワーキングママだ。そして彼は家事も育児もこなす理想の夫なのだ。
羨ましい。なんて羨ましい。
「私も結婚したくなっちゃった。もう彼のことはきっぱり諦めて、前に進むわ」

数日後、男はクリーニング店を訪れた。
「お願いします。あれ? いつもの彼女はお休みですか?」
「ああ、あの子、辞めちゃったんですよ。何でもねえ、本気で婚活するから土日休みの仕事に転職だって。いい子だったのに、若い子はあっさりしてるね」
「そうですか」
「お客さん、今日はまた大量ですね」
「ええ、今回のクライアントが、一週間分溜め込んでいまして」
「クライアント?」
「僕、家事代行の仕事をしているんですよ。掃除、洗濯、、買い物、、炊事。洗濯は、下着以外はクリーニングに出しているんです。その方が収納が楽ですから」
「そうだったんですか。そんなお仕事が、へえ」

「そうか、あの子辞めちゃったのか。残念だな」
男は、今日こそ渡そうと持ってきた映画のチケットを、がっかりしながらポケットに押し込んだ。

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ケンカするほど……… [男と女ストーリー]

隣の部屋から怒鳴り声が聞こえて、「またかよ」と彼が言った。
隣の夫婦は、ほとんど毎日ケンカをする。
「あんなに怒鳴り合って、よく疲れないな」
「体力消耗するよね。きっとすごくタフなのね、ふたりとも」
「こんなに罵り合っているのに、よく別れないよね」

私たちは、仲良しだ。ケンカなんてしない。
たまにしか会えないのに、ケンカしたらもったいない。
彼のために時間をかけて料理をして、大人の会話で夜を楽しむ。

『なんでビールがねえんだよ』
『あんたの稼ぎが少ないからだろう。飲みたきゃ自分で買ってきな』
『なんだその言い草は』

「ビールが飲めないだけでケンカしてるのか」
「大声出したら、余計に喉が渇くのにね」

茹で上がったパスタを皿に盛る。
生ハムのサラダとチーズの燻製を並べる。

『おまえのやりくりが下手なんだ。俺のせいにするな』
『あんたね、物価は上がってるんだよ。消費税も上がったんだ。上がらないのはあんたの給料だけだよ』
『それは俺のせいじゃねえ。国が悪い』
『じゃあ国にビール買ってもらえ』
『バカじゃね、金がないならお前も働け』
『働けるわけないだろ。お腹に子供がいるんだよ』

「へえ、お隣さん、子供が出来たんだ」
「どうりで奥さん、最近太ったと思ったわ」
「何だかんだ言って、仲いいじゃん」

赤ワインを注いで、彼の前に置く。

『あたしが里帰り出産している間に浮気したら、あんたを殺すからね』
『金もねえのに誰が浮気なんかするか、バーカ』
『じゃあ、あんた一生貧乏でいなよ』

「なんだよ、奥さん、ベタ惚れじゃん」
「そうだね」
「ケンカするほど仲がいいってやつか」
「そうだね」
「どうでもいいけど、やっと静かになったな」

彼が、ワインを口に運ぶ。奮発して買った、ちょっといいワイン。

「あなたもケンカするんでしょう。奥さんと」
「なんだよ、急に」
「家では安いビールしか飲めないって、前に言っていたでしょ」
「やめろよ、そんな話」
「私も一度くらい、あなたとケンカしてみたかったな」
「なんだよ。どうして過去形なんだよ」
「だってあなた、もうすぐ死ぬから」

ワイングラスが床に転がる。彼がゆっくり椅子から落ちる。
すごく勉強して、苦しまない方法を選んであげたのよ。

ねえ、お隣さん。男は金がなくても浮気するよ。
独占したくなるような、いい男だったらね。

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盆帰り [男と女ストーリー]

盆休みが終わったら、君が家を出て行く。
それは最初から決まっていたこと。
夕暮れの鐘が鳴る。午後5時なのに、日差しは容赦ない。
「もう少し、涼しくなってからにしたら?」
僕の提案に、君は小さく首を振った。
「これ以上はムリ。あなただって、私に居座られたら困るでしょ。新しい彼女がいるくせに」
「いや、だからそれは誤解だって」
「いいのよ。あなたの望み通り、私はもう消えるから」
君は静かに立ち上がり、部屋をぐるりと見て回った。
「捨てていいのよ。私のマグカップ」
「そうだね。何度か捨てようとしたけど、やっぱり勿体なくてさ」
「貧乏性。あんまりせこいと彼女に振られるわよ」
「だから誤解だって」

君は「じゃあ行くわ」と背を向けた。
僕は慌てて追いかけて、君を車に乗せた。
「送っていくよ」
「ありがとう。この車にも、彼女は乗った?」
「乗ってないよ。あのさ、何度も言うけど誤解だよ。彼女はただの同僚。しかも結婚してるし」
「やだ、ダブル不倫?」
「違うってば。君は昔から嫉妬深くて早とちりで、おまけに気が強くて泣き虫で」
「悪かったわね」
「君のようにインパクトがある女性を、3年やそこらで忘れられると思う?」
「出来れば一生忘れないで欲しいけど」

車は駐車場に着いた。
夕焼け雲が、高台の墓地をきれいに染めた。
僕の手には、手桶と花と線香。
君は白い顔で小さく笑って、ふわりと墓に帰って行った。
「来年のお盆に、また迎えに来るよ」
たぶん、この先もずっと、僕はひとりだ。

「だめだよ。私がめちゃくちゃ嫉妬するような彼女を見つけなさいよ。そうじゃないと張り合いがないわ」
線香の柔らかい煙の向こうから、君の声が聞こえた。
お盆で帰るたびに嫉妬されたらかなわないな。
僕はちょっと笑いながら、夕陽の階段をゆっくり降りた。

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真夏のマフラーとかき氷 [男と女ストーリー]

別れた恋人から小包が届いた。開けてみたらマフラーだった。
何だよ、これ。こんな真夏に嫌がらせか?
僕は頭にきて、元カノのサエに電話した。
「ああ、それね、タンスの中から出てきたから。あんたの忘れ物でしょ」
「わざわざ送らなくても。捨ててくれてもよかったのに」
「一日だって手元に置きたくなかったの。二度と見たくなかったのよ、あんたの物なんて。目が汚れるからね。本当はあんたの住所も名前も書きたくなかったよ。手が汚れるからね。それを無理して送ってやったのよ。感謝しなさいよ」
「はいはい」
ムカつきながら電話を切った。あいつは僕をゴキブリとでも思っているのか?
ああ、別れて正解。

一緒に暮らし始めて1年。別れる前はずっとこんな感じだった。
サエには、優しさと思いやりが欠如しているんだ。
マフラーを捨ててしまおうと箱から取り出すと、何だか柔らかいいい匂いがした。
「あいつ、わざわざ洗ったのか?」
バカみたいだ。どうせ捨てるのに。
元カノにもらったマフラーなんて持っていても、いいことなんかひとつもない。
ん? 元カノ? そうか。これはサエが編んだマフラーだ。
付き合い始めたころ、不器用ながら一生懸命編んでくれたマフラーだ。

「あんたっていつも背中丸めてるからさ、首が寒そうで見てられないんだよね。別に愛情とか込めてないから。そういうキモイことしてないから。巻きたきゃ巻けば」
サエはそう言って、マフラーをくれた。

ああ、そういえば、あいつは昔からああいうやつだった。
そういうところ、嫌いじゃなかった。
一緒に暮らし始めても、サエはずっと変わらなかった。
…っていうことは、変わったのは僕の方?

数日後、ふたりで暮らしていたアパートの近くまで行き、サエを呼び出した。
「何なの、急に。暇じゃないんだけど」
「いや、ちょっと用があって来たら、新しいカフェが出来ていたから。ここ、いつオープンしたの?」
「先月」
「ふうん。お勧めは?」
「知らないよ。あたしも初めて来たから」
「そうなの? 新しいカフェが出来たらすぐ行ってたのに、趣味変わった?」
「カフェ巡りを趣味にした覚えはないけど。それに、ひとりで入っても詰まらないでしょ」
サエは性格がきついから友達が少ない。出かけるときはいつも僕と二人だった。

「あ、かき氷がある。スペシャルメガイチゴフラッペとコーヒーにしよう」
「バカじゃないの。おなか壊すよ」
注文を済ますと、店員が「あの」と僕の顔を覗き込んだ。
「冷房、効きすぎてますか?」
「いえ、大丈夫です」
店員は、怪訝な顔で奥に下がった。
「別に普通だよね。冷房」
「あんたが首にマフラーなんか巻いてるからだよ。ホントにバカね」
サエが思い切り、呆れた顔をした。

このマフラーの意味を、僕は脳みそが溶けてサラサラの水になるまで考えた。
そしてひとつの結論を出した。
「あのさ、サエ、俺たちやり直そうよ」
サエが何か言おうとしたとき、タイミング悪く、スペシャルメガイチゴフラッペが運ばれてきた。

「すげえ。メニューの写真よりデカい」
「だからお腹壊すって言ったんだよ」
小学生を諭す母親みたいに、サエが腕組みをした。
「あんたがそのかき氷を、残さず食べたら考えてやるよ。かき氷食べるといつも頭が痛くなるくせに、ホントにバカだね」
サエが笑った。久しぶりに見る笑顔だ。
あ、キーンと頭が痛くなった。そんな僕を見て、サエがますます笑った。

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マリッジブルーの理由 [男と女ストーリー]

白川さんは、マリッジブルーに陥っていました。
周りからすれば、どうでもいいことで悩んでいたのです。
白川雪乃という美しい名前の彼女は、容姿も名前に負けないくらいきれいです。
白い肌、大きな瞳、血色のいい唇。雪原に咲く一輪の花のような美しさです。
会う人は必ずこう言います。私も言いました。
「お名前にぴったりの、きれいな方ですね」

そう、白川さんは、この名前を変えたくないのです。
結婚すれば苗字が変わります。夫婦別姓はまだ認められていません。
たとえ認められたとしても、頭の固い双方の両親はいい顔をしないだろうと、白川さんはうなだれました。

彼の名前は灰田といいます。結婚したら灰田雪乃になります。
まるで踏み潰されてぐちゃぐちゃになった路上の雪だと、白川さんは顔をしかめて訴えるのです。
「彼はステキな人よ。優しくて包容力があって、尊敬できる人よ。この先、彼のようなステキな人に巡り合える奇跡は起こらないわ」
問題は、苗字だけなのだと、白川さんは溜息をつきました。

「彼に、白川の姓を名乗ってもらったらどうですか?」
「無理よ。彼、ひとり息子だもの。彼が良くても灰田家のご先祖様が許さないわ」
さんざん悩んで気分もすぐれず、泣いた夜もたくさんありました。
それでも結婚式の準備は着々と進みました。

結婚式は6月の大安吉日。
梅雨の晴れ間の青空に、ステキな笑顔がそろいました。
白川さんは、マリッジブルーも何のその。晴れやかな顔で式に臨みました。
その花嫁姿は、新郎の灰田氏でさえも言葉を失うほど。
まるで時が止まったように見とれてしまう美しさです。
「私、今日から灰田雪乃になります」
優しく笑ったその顔には、一片の曇りもありません。

どんな心境の変化があったのでしょう。 
うふふ。それは、優秀なウエディングプランナーである私のおかげです。

数週間前、ドレスの試着にやってきた白川さんは、相変わらずの暗い顔をしていました。
美人の上にスタイルのいい白川さんは、どんなドレスも似合いました。
純白のドレス、あわいピンクのドレス、シックな黒のドレス。
どれも彼女の美しさを引き出すには十分すぎるほどでした。

そして最後に私は、彼女にとって最高のドレスを提案しました。
「このドレスはいかがでしょう」
「あら、きれいな色ね」
シンプルなデザインですが、それは彼女にとてもよく似合いました。
まるで、彼女のために作られたようなドレスでした。
「いいわね。これにしようかな」

ヨッシャ!と、私は心の中でガッツポーズをしました。
「白川さん、このドレスの色は、スノーグレーと言います。気品があって素敵でしょう」
「スノーグレー?」
「ええ。雪と灰色です。どうです。混ざり合うとこんなにきれいな色になるんですよ」
「まあ、そうなの。スノーグレーか。なんてステキ。すごく気に入ったわ。ありがとう」

そんなわけで、彼女の悩みは、今日の青空のようにすっきり晴れたのです。
白川さん、いや、灰田夫人、どうかブーケは私に投げてくださいな。
あ~あ、羨ましい。私も早く結婚したい。

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