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彼からのエアメール [男と女ストーリー]

オーストラリアに赴任したKからエアメールが届いた。
『シドニーで運命の人に出逢った。だから僕のことは待たないでください』
なにこれ。白いオペラハウスのポストカードに書く内容か?
しかもKと私は、恋人でも何でもない。ただの同僚だ。
告白もされてないし、こっちからもしていない。
始まってもいないのに幕を閉じた舞台みたい。
『もちろん待ちませんとも。あなたとは付き合っていないので』
なんて返事を送ろうかと思ったけれど、面倒なのでやめた。

あれから3年。
Kが帰国して、今日から会社に復帰する。
金髪の嫁を連れて来たと、部内ではもっぱらの噂だ。
さて、どんな顔をして会えばいいのか。
いや、気にすることはない。元カレでも元カノでもないのに、意識する方が変。

会わないようにしようと思っていたのに、エレベーターでばったり再開した。
「久しぶり。変わらないね」
Kは、以前と同じように話しかけてきた。
「あら、無事で何より。お元気そうね」
「やっぱり日本はいいな。落ち着くよ」
「結婚したそうね」
「そうなんだよ。帰国するとき向こうの両親に泣かれてさ、年に一度は帰国させる約束でやっと許してもらったんだ」
「へえ、それは何より」
エレベーターが11階に着くと、Kは振り向きもせずさっさと降りてデスクに向かった。
みんなに「おかえり」と声を掛けられて、笑顔で応えている。
もやもやする。そりゃあ、ただの同僚だから、よそよそしい態度の方がおかしい。
だけど、あのポストカードを未だに引きずる私の気持ちはどうなるの?

私は彼のところに行き、鞄からポストカードを出して机に叩きつけた。
「これ、どういう意味?」
Kが驚いて私を見た。
「嘘だろ。このハガキ、持ち歩いていたの?」
「そうよ。3年前から手帳に挟んで持ち歩いてるわ。年が変わって新しい手帳になっても、また挟んで持ち歩いたわ。文句ある?」
まわりの社員が覗き込む。
「えっ?なになに。君たち、付き合ってたの?」
「付き合ってないわよ。恋人でも何でもないのに、いきなりこれが届いたのよ。意味が分からないでしょう」
「だって、待ってたら悪いと思って」
「待ってるわけないでしょ。恋人じゃないんだから」
Kが、頭を掻きながら面倒くさそうに言った。
「でも、君は俺のこと好きだったよね」
心臓をつかまれたように胸が痛み、涙が出てきた。

好きだった。ずっと好きだった。隠しても気づかれてしまうほど好きだった。
だけどKの海外赴任をきっかけに、私は自分の気持ちに蓋をした。
それなのに、彼からのエアメールに心が揺れた。
勝手な内容に頭にきて、気持ちの整理がつかなかった。
女子社員たちの冷たい視線が刺さる。私は社内一の痛い女だ。

「燃やせばいいんじゃね?」
先月から配属された派遣社員のSが、いきなりハガキを取り上げた。
「いつまでも持ってるから終われないんじゃね?」
そう言って、ライターで火を点けた。ポストカードが端から燃えていく。
慌てて火を消すKと、呆気にとられる私。
スチールの机にほんの少しの焦げを残し、ポストカードは煙の匂いと一緒に消えた。

「はい、おしまい。さあ、仕事しましょう。社員の皆さん」
そう言って私に笑いかけたSに、久しぶりにときめいた。

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次の恋 [男と女ストーリー]

Aと別れた1か月後にBとつき合って、Bと別れた2週間後にCとつき合って、Cと別れた1週間後にDとつき合って……。
恋が終わって次の恋が始まるスパンが、年々短くなっている。

「あんたさあ、よくそんなに次から次へと彼氏が出来るよね」
親友のレイコは、呆れ顔でウーロン茶を飲み干した。
「久々に飲もうって誘っておきながら、ウーロン茶って何?舐めてんの?」
「車で来ちゃったんだもん。しょうがないでしょ」

レイコには、付き合って12年の腐れ縁彼氏がいる。
同級生のタカシくんだ。高3で付き合い始めて今に至る。
干支が一周してもまだ同じ男って、そっちの方がよっぽど異常だよ。

「今度の彼はイケメンだよ。学生の時、モデルのバイトしてたんだって」
「えー、なんかチャラそう。あのさ、あんたが恋に本気になれないのは、最初の恋が忘れられないんじゃないの? ほら、大学のとき、初めて彼氏に会わせてくれたじゃない」
「はあ? あんなのとっくに記憶から抹消されてるよ。データ上書きし過ぎて顔も思い出せない」
「ふうん」
「今の彼とは結構いい感じなんだ。趣味も合うし、もしかしたらレイコより先に結婚しちゃうかも」
「ああ、それはないわ。私たち、入籍したから」

「えっ、入籍? い、いつ?」
「おととい。ほら、私来月30歳の誕生日だから、20代のうちに籍入れようか、みたいな話になって、じゃあ今日行く? 大安だしってことになって入籍したの」
「なんじゃ、それ。軽すぎ。結婚式は? 披露宴は?」
「このご時世だし、そういうのはいいかな。ほら、12年も一緒にいると、もう家族みたいなものなのよ。お互いの親も公認だしね。あとはタイミングだけだったからね」

なにそれ、なにそれ。なぜ事後報告? 親友なのに。
ちょっとコンビニ行くみたいに入籍したって? なにそれ。

「来月新居に引っ越すからさ、そしたら遊びに来てね。くれぐれも手ぶらで来るなよ」
笑うところなのに、動揺してうまく返せない。
レイコと別れて家に帰っても、気持ちの整理がなかなかつかない。
式も披露宴もやらないなんて。
私、レイコの披露宴でスピーチやるって決めてたのに。
だって、二人をいちばん近くで見て来た親友だもん。

そのとき、Dから電話が来た。
「もしもし、あのさ、次のデート、キャンセルでいい? やっぱ俺ら、ちょっと違うかも」
「えっ、なんで?」
「だってさ、君、俺のこと好きじゃないでしょ。他にいるよね、好きな奴。そういうのってわかるからさ、気を付けた方がいいよ。次の恋をするときはね」

Dとの恋が終わった。何だよ、偉そうに。
だけど、本当のことだ。

高3の春、初めて本気で恋したタカシをレイコに取られた。
忘れるためにつき合った大学生も、その後の人も、本気で好きになれなかった。
タカシをまだ好きなわけじゃない。
ふたりの結婚も心から望んでいた。
ふたりが結婚すれば吹っ切れるって、勝手に思っていた。
結婚式のスピーチで「昔、新郎のタカシさんに恋してました」って、笑い話みたいに告白して、ピリオドって思っていた。
それなのに、ATMでお金降ろすみたいなテンションで入籍って……。
ああ、もう、消化不良。お祝いに、離婚届の紙を持って行ってやる。

翌日、レイコからスマホに写真が送られてきた。
なに、この黒い写真? 嫌がらせ?
『私の赤ちゃん。お腹の中にいる、小さな命』
えっ、これ、赤ちゃんなの?
『12年も付き合って、出来ちゃった結婚って、恥ずかしくて言えなかった。ごめん』
なんだ。そういうことか。早く言えよ。
『おめでとう』って返しながら、私泣いてた。
最高のピリオドだよ。
次は私、ちゃんと本気で恋するから。いつかママ友になろうぜ、レイコ。

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元妻1号 [男と女ストーリー]

元夫が、4度目の結婚をしたらしい。
懲りない男だ。どうせまた別れるに決まっている。

私は最初の妻だ。浮気を繰り返す夫に辟易して3年で別れた。
2番目の妻と、3番目の妻とは、たまに連絡を取り合っている。
同じ男と離婚した者同士。友達とは違う、不思議な関係だ。

私たちは、1号・2号・3号と呼び合っている。
2号は離婚しても、彼と仕事上のつながりがある。
3号は離婚しても、彼と同じ町内に住んでいる。
4度目の結婚の情報も、彼女たちから教えられた。

「で、今度はどんな女なの?」
居酒屋で、ビール片手に二人に訊いた。
「24歳らしいですよ。4号さん」
3号が言った。
「彼の秘書をしていたらしいわ。割と優秀みたい」
2号が言った。
「そんな若い女と? まるで親子じゃないの」
「でも、彼は若く見えるから大丈夫よ」
「そうですよ。一度見たけど、お似合いでしたよ」
「どうせすぐに飽きるわ。何年持つかしらね」
「そうですね。だいたい3年のスパンですよね」
「そうしたらまた仲間が増えるわね。5号、6号、7号くらいは増えるかも」
「その前に死ぬわよ、あいつ。女たちの怨念にうなされてね」
「1号さん、言い過ぎですよ~」
「彼は健康に気を遣っているから長生きするわ」
「ふん、どうかしら。ところで4号、美人なの?」
「はい、美人でした。近所のスーパーで会ったんですよ。高いお肉買ってたなあ。たぶんすき焼きですよ。彼の好物ですもんね」
「すき焼き、いいわね。私もよく作ってあげたな」
「私もです。すき焼きの日は早く帰ってきましたよね」
「最初だけよ。そのうち家にも帰ってこなくなるわ」

2号と3号が、顔を見合わせた。
「あの、1号さん、やっかんでます?」
「はあ?なんで私が?あんな男、未練のかけらもないわ」
「だって、さっきから悪口ばかり」
「離婚した男を褒めてどうすんのよ。けなすために集まってるんでしょ」
2号と3号は、揃って首をひねった。
「私たち、彼と結婚したことを後悔してないし、今でも好きよ」
「はあ?浮気されて別れたんでしょ?」
「そうですけど、もともと彼は素敵すぎるんです。イケメンでお金持ちで優しくて。私一人の物になるなんて最初から思っていませんよ」
「そうそう。彼を独占しようとしたら罰が当たるわ」
「なにそれ。だからあんたたち、別れても彼の近くにいるわけ?」
「そうです。顔が見れたらラッキーって感じです」
「中学生か」
「でも、1号さんもそうじゃないんですか。だって、1号、2号、3号っていう呼び方、ファンクラブの会員番号みたいじゃないですか」
「ファンクアラブ? 違うわよ。冗談じゃないわ」

私は、ウンザリして店を出た。前から微妙に感じていた温度差。
こいつらと飲むのはもうやめよう。
裏通りのバーで飲みなおそう。ずいぶん前に何度か行ったことがある。

ドアを開けると、薄暗いカウンターの端で、男が手を振った。
「やあ、久しぶり」
あいつだ。
「どうしているのよ」
「俺の行きつけの店だもん。それを知ってて来たんじゃないの?」
「ふん、偶然よ。あーそういえば、4度目の結婚おめでとう」
「ありがとう。そのぶっきらぼうな言い方、嫌いじゃないな」
「ひとりで飲んでていいの?早く帰ったら」
「帰ろうと思ったところに君が来た。よかったよ、帰らなくて。やっぱりさ、最初の女って忘れられないよな」
なに、こいつ。調子いいんだけど。笑顔がヤバい。なんかいい匂いするし。
やだ、酔ったのかな。顔が真っ赤だ。

やっぱり、やっぱり、好きかも! ファンクラブ、継続しよ。(ファンクラブとか言ってるし)

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散り際の桜 [男と女ストーリー]

「桜は散り際が美しい」
彼がそう言った時、私は口をとがらせて反論した。
「それって嬉しくないと思うわ。年老いて死にそうな女に、今がいちばんきれいだと言ってるのよ。絶対ありえないでしょ。そんなこと」
「まったく君は風情がないな。いちいち人間に置き換えることはないだろう」
何もかもが正反対だった私たち。よく4年間も付き合ったものだ。
大学を出た後、私は東京で就職して、彼は地元で家業を継いだ。
それっきり会っていないのに、彼のことを思い出すなんて。
きっと桜が満開だからだ。

定年まで勤めあげた会社を辞めた途端に病気が見つかって、ここ10年、入退院を繰り返している。
気ままな一人旅でもしようと思っていたのに、神様は意地悪だ。
家族もいないし、いっそケア付きの施設にでも入ろうかと考えて、見学に来た。
静かな海辺の街、庭には見事な桜の木が並んでいる。
ここで、遠い昔の恋を思い出しながら過ごすのも悪くない。

「満開ですねえ」
ベンチに座っていると、車椅子の老人が話しかけてきた。もっとも私も充分に老人だ。
「そうですねえ。きれいですね」
「桜は何といっても散り際が美しい」
老人は、彼と同じことを言った。そう、こんな言い方だった。
「昔ね、僕がそう言ったら反論されたんですよ。それは、年老いて死にそうな女に、今がいちばんきれいだと言ってるんだと」
「えっ?」
私は、彼の顔を覗き込んだ。年月が経ちすぎて、彼かどうか全くわからない。
だけどおそらく彼だろう。この街は、彼の故郷にとても近い。

「それで僕はね、妻が死ぬときに言ってあげたんです。今がいちばんきれいだと」
「本当に言ったのね。それで、奥様はなんて?」
「すごく喜びました。ありがとうと何度も礼を言いました」
彼が笑った。昔のまま。そう、私を言い負かしたときの笑い方だ。
「まあ、そりゃあそうでしょうね。死ぬときに、昔の方がきれいだったと言われたら、私なら化けて出るわ」
「あはは。まったくだ。あなたは妻に似ているな。妻もきっとそう言いますよ」
ふたりで笑った。本当に不思議。
50年も経っているのに、あの日と同じように並んで桜を見上げているなんて。

「伯父さん」と叫びながら、ひとりの青年が走ってきた。
「ここにいたんだ。黙って出ていくから心配したよ。さあ、部屋に帰ろう」
青年は車椅子を押しながら、私に小声で話しかけた。
「なにか、失礼なことを言いませんでしたか?」
「いいえ、ぜんぜん。なぜそんなことを?」
「認知症なんです。じつは僕のことも、よくわかっていないんです。昔のことはよく憶えているんですけどね」
「そうなの。でも、奥様のことを話してたわよ」
青年は小さく笑って首を振った。
「伯父は独身です。一度も結婚していません。でも、若い頃に結婚したかった女性がいたみたいで、たぶん今、頭の中でその人と結婚しているんだと思います。僕もたまに茶番に付き合わされますよ」
青年は「それじゃあ」と車椅子を押して帰っていった。
あの人、頭の中で私と結婚して、私を看取ったということ?
失礼ね。病気だけど、あと10年は生きるつもりよ。

かつての恋人同士が50年ぶりに再会しても、恋が始まるはずがない。
どちらも病気の老人だもの。
それでもたまに、いっしょに桜を見上げるのは悪くない。
私は、入所案内のパンフレットを抱えて、事務所に向かった。
「ここに決めたわ」

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墓前デート [男と女ストーリー]

久志のお母さんに初めて会うから、ちょっとおしゃれした。
袖がレースのブラウスと、淡いグリーンのフレアースカート。
5センチのハイヒールは買ったばかりの新品。ウキウキしながら彼の車に乗り込んだ。
「えっ、愛里ちゃんどうしたの。その服」
「だって、初めて久志のお母さんに会うんだよ。気合い入れたの」
「いつもの服で良かったんだけど。母さんに会うって言っても、墓参りだし」
「お墓参りでも何でも、初めて会うのに変わりないでしょ」
「そうだけどさ」
「何なのよ。ムカつく。あたしがこんなにおしゃれしてるのに、あんたは何? 訳わかんないキャラクターのTシャツとスウェット? 登山靴みたいなごついスニーカー。季節感ゼロじゃん。車だってしょぼい軽自動車だし、あーあ、浮かれて損した」
「ごめん。だけどさ……」
「もういい」
女心がわからない無粋な奴。それが久志。
着くまで口きかないから。

気がついたら景色が変わっている。林道で車が停車した。
「えっ、ちょっと、ここどこ? 山の中?」
「お墓は山の中腹にあるんだ。車で行けるのはここまで。ここからは徒歩で登るんだ」
「ゲッ! 何てこと!」

そこからの10分間は地獄だった。道はあるけど石と草だらけのひどい道。
買ったばかりのハイヒールは傷だらけ。スカートには変な草がくっついて取れない。
久志は登山靴だからスイスイ歩く。
「もう少しだよ。がんばれ~」って、部活の顧問か!
山の中腹の小さな墓地に着いた時には、身も心もボロボロ。
髪もブラウスも汗で張り付く。
「大丈夫?」
「大丈夫じゃないよ。こんな山登るなら、事前に言ってよ。あんたっていつも言葉足らずね」
「ごめん。だって、愛里ちゃんいつもジーパンだからさ、まさかスカートで来ると思わなかったんだ」
「悪かったわね。あームカつく。帰りも絶対口きかないから」
「ごめん。でもきっと帰りは爆睡だよ。愛里ちゃん、いつもそうだもん」

久志は持ってきたカーネーションを墓に供えて、慣れた手つきで線香に火をつけた。
マイペースな奴。ムカつくけどせっかく来たから隣りにしゃがんで手を合わせた。
「お母さん、愛里ちゃんだよ。若く見えるけど32歳なんだ」
「年齢言わなくてもいいでしょ」
「母さんの遺言通り、健康そうな人を選んだよ」
「何気に失礼なんだけど、あたしの取柄ってそれだけ?」
「よく食べるし、酒も強いんだ」
「褒めてんの? けなしてんの?」
「これから墓参りは、ずっと愛里ちゃんと一緒に来るから」
「いや勘弁してよ。毎回はきついわ」
……って、久志、耳まで真っ赤なんだけど。
「今のって、もしかしてプロポーズ? まさかね。お墓でプロポーズなんてありえない」
「ごめん。この先にすごく景色がいい展望台があってさ、そこで決めようと思ったんだけど、愛里ちゃん、その靴じゃ無理でしょ。だから、ここでいいかなって……」
「なにそれ。お母さんの墓前じゃなかったら張り倒すところだわ」
「ごめん」
ごめんばっかり言ってるな、この人。謝らせてるのは私なんだけど。

「本当にごめん。返事は、今じゃなくてもいいから」
「登山靴買って」
「えっ?」
「それが返事」

5月はカーネーション、6月はバラ、7月は桔梗、8月はひまわり。
季節の花を持って、このお墓を訪れるふたりの姿が想像できる。
だからOK。
よろしくお願いしますね、お義母さん。

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懺悔の春 [男と女ストーリー]

穏やかな、早春の庭である。

「梅の花が咲きましたね」
「ああ、春だな」
「春ですね」
「おまえには、今まで苦労かけて悪かったな」
「あら、何ですか、急に」
「家のことをきちんとやって、毎日弁当を作ってもらったのに礼も言わず、数々の女性蔑視発言、本当にすまなかった」
「あらあら、どうしちゃったんです?」
「女は黙っていろ、女のくせにと、事あるごとに言ってきた。風呂はまだか、めしはまだか、お茶くれ、酒出せと、当然のように言ってきた」
「まあ、そうですねえ」
「大いに反省した。だからおまえ、離婚なんて考えないでくれ」
「あらいやだ、あなた。フフフ、引き出しの離婚届を見たんですね」
「そうだ。爪切りを探しておまえのタンスを開けてしまった。まさか離婚を考えていたなんて」
「ちがいますよ。あれはね、お守り代わりに母が持たせてくれたんです。いつでも離婚できると思ったら、大概のことは我慢できるからって」
「そうなのか。なんだ、そうか。俺はてっきり熟年離婚されるものだと思っていた」
「そんなことしませんよ」
「まったく、紛らわしい物をタンスに入れておくな」
「はいはい。あっ、それからあなた。おまえって呼ぶのもアウトですよ。私には美佐子という名前があるんですからね」
「ああ、そうか。じゃあ、美佐子、ジョンの散歩に行ってくる」
「行ってらっしゃい。陽介さん」

美佐子は、夫を見送ってポケットからスマホをとりだした。
「もしもし、ヒロシさん。私やっぱり、夫とは離婚できないわ。あんな人でも情はあるし、それにね、わりと可愛いところもあるのよ。だからごめんなさい。私たち、お別れしましょう」

梅の花が見事に咲いた早春の庭。
「懺悔するのは私の方ね」

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ケーキ屋のクリスマス [男と女ストーリー]

「今年も作り過ぎたわね」
ショーケースに残ったケーキをのぞき込みながら、夫を軽く睨んだ。
ケーキ職人の夫は、腕はいいけど商売はまるで下手。
12月25日の閉店間際に、ケーキを買いに来る人がどれだけいると思っているのだろう。
「あと1時間じゃ捌けないわよ。どうする? 半額にする?」
「うん。するする。半額の紙貼ってきて」
全くこの人は、丹精込めて作ったケーキを半額で売ることに、何の抵抗も感じないのだろうか。
『只今よりケーキ半額』の張り紙を持って外に出たら、駅前に飾られた巨大なツリーの陰で、女がこちらを見ている。
あの人、去年もいた。確か一昨年も、その前も。
半額の紙を貼った途端店に来て、待っていたようにケーキを買っていく女だ。
スーパーで値引きシールを待っている客みたい。
あの人のために半額にするみたいで、なんだか悔しい。

ところが女は、半額の紙を貼ってもなかなか入ってこない。
閉店30分前、いつもの年より人通りは少なくて、半額でも客は来ない。
「いっそ7割引きにしよう」と夫が言った。
「本気で言ってる? 利益がないわよ」
「じゃあこのケーキ、二人で食べるの? きみ、ダイエットするって言ってなかった?」
「分かったわよ。7割引きにしてくるわよ」
外に出て、半額のところに7割引きの紙を貼った。
すると女が動いた。冷え切った身体をさすりながら店に入るなり言った。
「残ったケーキ、全部ください」
「はーい」と、夫は笑顔で応えて箱にケーキを詰めていく。
おまけに「お客さん自転車でしょう。崩れてしまうので配達しますよ」などと言っている。
「ちょっとあなた、7割も引いた上に配達なんて、割に合わないわよ」
ユニフォームの裾をつまんで小声で言ったが、女が嬉しそうな顔をしたものだから仕方なく、ぎこちない笑みを返した。

「店を閉めて、君も一緒に行こうよ」
「えー、7割引きの上に二人分の人件費って、大赤字だわ」
ぶつぶつ言いながら、ケーキを積んで助手席に乗り込んだ。
夫はまるで女の家を知っているように、ナビも見ずに運転している。
「あの人、知り合いなの?」
「うん、ちょっとね」
怪しい。まさか不倫? いや、不倫相手の家に、妻を同行させたりしないだろう。いや、今から修羅場? うーん。まさかね、この人に限って。

悶々としているうちに辿り着いたのは、小さな教会だ。
「ここ、児童養護施設なんだ。前に焼き菓子を頼まれたことがあってさ、配達に来たんだ」
「なあんだ。そうだったの」
「クリスマスの日でさ、本当はケーキを食べさせてあげたいけど財政難で無理だって言ってた。だから俺、言ったの。閉店1時間前に半額になりますよって」
「えっ?だからあの人、毎年半額になるのを待っていたの?」
「うん。今年は半額でも厳しかったのかな。7割引きは初めてだったね」
「あなたまさか、わざと残るように作っていたの?」
「えへへ。ばれた?」
全くこの人は……。
それにしてもずるいなあ。自分だけいい人ぶっちゃって。

ふたりでケーキを運ぶと、子供たちがいっせいに声をあげた。
「わーい、ケーキだ!」「美味しそう!!」
この顔を見ちゃったら、赤字でも怒れない。
そのために私を連れてきたのかな。やっぱりずるいなあ。

「海の夜景でも見に行く?」
シートベルトを閉めながら、夫が言った。
「だめよ。帰って売り上げ計算しなきゃ」
「いいじゃん、そんなの後でやれば」
ああ、全くこの人は。
やれやれと思いながら、夫の左肩に頭を乗せた。
甘いクリームの香りがした。

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メリークリスマス ♪
このお話は、ずっと前に書いた「ケーキ屋の女房」の続編です。

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白い月の夜 [男と女ストーリー]

「今夜の月はやけに白いね」
「そうね。ねえ、次はいつ会える?」
「5回目だね、その質問。言っただろ。年末年始は忙しいんだ」
「クリスマスは?」
「うちのショップ、クリスマスは書き入れ時。しかも俺、遅番」
「ふうん。じゃあ私、静香さんとパーティしようかな。誘われてるの。静香さんの彼氏が友達連れてくるって。10人ぐらい集まるんだ。静香さんって、すごいセレブなのよ」
「楽しそうだね。それにしても、月、白いね」
「そうね。じゃあ次はいつ会えるの?」
「6回め。だからさあ、俺、ショップのオーナーなんだよ。クリスマスと年末年始は絶対無理」
「ふうん。ねえ、静香さんの彼氏ってすごいお金持ちなんだって」
「へえ」
「年収1千万の男紹介してくれるって」
「あのさ、さっきからちょいちょい出てくる静香さんって誰?」
「会社の先輩」
「へえ、君の職場ってラーメン屋でしょ。家族でやってるラーメン屋でしょ。先輩なんていないよね」
「あっ、お客さんだった。店の常連さん」
「ふうん。セレブなのにラーメン屋に通うんだ。カッコいい人だね」
「そうよ。いつもシャネルで店に来るのよ」
「へえ、本当に白いな、月」
「そうね。で、次はいつ会えるの?」
「7回め。ああ、駅に着いちゃった。明日早番なんだ」
「電車、行ったばかりよ。あと20分は来ないわ」
「そうか。寒いね」
「ねえ、こっちに帰ってくれば? そうしたら毎日会えるわ」
「無理だよ。俺のショップ結構人気だからさ、今だって、注文バンバン入ってるし」
「あのさあ、さっきからショップって言ってるけど、あなたの職業、農業だよね。早番も遅番もないでしょ。バカじゃないの」
「はつ? 農業じゃねえし、オーガニック野菜のセレクトショップだし」
「自分で作った野菜をネットで売ってるだけじゃん」
「大人気なんだよ。クリスマスと年末年始は、イチゴの収穫で休みなしだ」
「ふうん。イチゴが恋人ってわけね」
「ねえ、君が僕の町に来るっていう選択肢はないの? ラーメン屋はお兄さんが継ぐんでしょ」
「私が農業を? ありえない」
「俺の年収、1千万だけど」
「えっ、マジで? 考えてみるわ」

「月、白いね」
「本当に白いわね」
「電車、1本遅らせようかな」
「月が白いから?」
「まあ、そうだね」

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結婚したい [男と女ストーリー]

いい夫婦の日に結婚したからって、幸せになれるとは限らない。
だけど新郎新婦はとびきりの笑顔で、世界で一番幸せそう。

職場の先輩は、宣言通り30歳の誕生日前に結婚式を挙げた。
ブーケトスのとき、私は最前列を陣取って、居並ぶアラサーたちを押しのけてブーケをキャッチした。
「はっ? 何であんたが取るのよ」という先輩たちの冷たい視線を感じながら、私はブーケを空に掲げた。
「やったー、次は私の番だー」

ごめんね、先輩方。
若くても、私は焦っているんです。
結婚したい。出来れば春までに。
今日も二次会を断って、卓也が待つ家に帰る。
今日こそ、結婚の話をちゃんとしよう。

「ただいま、卓也」
「おかえり。わあ、きれいな花だね」
「ブーケトスでね、私のところにブーケが飛んできたの。これって運命よ」
「ふうん。よかったね」
「花嫁さんからブーケを受け取るとね、次に結婚できるのよ」
「そうなんだ」
卓也は、たいして興味がなさそうに言った。
彼は、ブーケよりも引き出物のケーキのほうに興味がある。
私は卓也のためにケーキを切り分けた。

「ねえ、卓也」
「何?」
「今日11月22日は、いい夫婦の日なんだって」
「へえ」
「いい夫婦って、何だろうね」
「知らないよ。オレに聞くなよ」
「そうだよね」

「ねえ卓也。私が、結婚したいって言ったらどうする?」
「結婚? 誰と?」
「誰って……それは……」
「うん。いいよ。結婚したかったらしなよ」
「いいの? だって、卓也、私と結婚したいって言ってたじゃない」
「いつの話だよ。それ、2年くらい前でしょ。オレ、もう違うから」
「そうか。そうだよね。うん。わかった」
私は、一抹の寂しさを感じながら、卓也をそっと抱きしめた。

「卓也、マッチングアプリで一緒に探そうね。あなたのパパを」
「うん。オレ、一緒にサッカーしてくれるイケメンのパパがいい」

17歳で子供を産んで、ひとりで育てて来た。
卓也は6歳。生意気だけど可愛いの。
卓也が小学校に上がるまでに、収入が安定したパパを見つけなきゃ。
ねっ、卓也。ママ、頑張るね。

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田辺さん [男と女ストーリー]

憧れていた田辺さんが会社を辞めた。
退職して、専業主夫になるそうだ。
何でも奥さんは敏腕弁護士で、かなりの高収入らしい。
だから田辺さんが、家事と育児に専念するそうだ。
「よく決断したよね、田辺さん、男のプライドないのかな」
「奥さんってどんな人かな。尻に敷かれてるんじゃない」
そんなふうに陰口をいう同僚もいたけれど、私は立派だと思う。
妻が心置きなく働けるようにサポートするなんて、最高の夫だ。

田辺さんは同じ町内に住んでいるので、スーパーでたまに見かける。
小さな子どもを連れて買い物をしている。
実にいいお父さんで、買い物も慣れている。どこから見ても立派な主夫だ。

田辺さんの奥さんは、どんな人だろう。
きっと洗練されたスーツを着こなす知的な美人だろう。
それに比べて私は、もう3年くらい服を買っていない。
暴力亭主と別れてから、派遣の仕事と子育てで毎日クタクタだ。
田辺さんが私の夫だったら、私はもっと輝ける。
シャンパングレーのスーツに8センチのピンヒールを履いて、「晩ご飯何にしよう」とか、「洗濯物乾いたかな」なんて考えることもなくバリバリ働く。
田辺さんの奥さんのように、デキる女になれるはずだ。
会ったこともないその人に、私は激しく嫉妬した。

月曜の朝、息子を保育園に送って駅に向かっていると、田辺さんに会った。
田辺さんは私に気づき「今から出勤?」と声をかけてくれた。
「はい。田辺さんは、お出掛けですか?」
「忘れ物を届けに駅までね。大事な書類を忘れたって電話があってさ。しっかりしているようで抜けてるんだよな」
田辺さんは愛おしそうに、手に持った封筒をかざした。
「忘れ物を届けるなんて、優しいんですね」
「外で戦っているからね。家では思い切り気を抜いてほしいんだよ」
ああ、なんていい夫だろう。奥さんが羨ましい。
私は結婚していた時も今も、まるで余裕がない。
田辺さんが夫だったら。ああ、またそんな夢みたいなことを思ってしまう。
斜め前を歩く田辺さんの寝癖頭を優しく撫でたい衝動を抑えて、歩幅を合わせる。
駅に着いたら、奥さんに会える。
田辺さんが選んだ人が、どうか嫌な女じゃありませんように。
どうか私をガッカリさせないで。

駅に着くと、田辺さんは大きく手を振った。
「大事なものを忘れて。本当に君は僕がいないとダメだなあ」
田辺さんが封筒を差し出した人は、センスのいいスーツを着た中年男だった。
田辺さんは、「行ってらっしゃい」と彼のネクタイを直した。
えええ~、そういうこと? うそでしょ。子供いたじゃん。
心の声が、思わず口から出てしまったようで、田辺さんが振り返った。
「彼の連れ子なんだ。今では僕たち二人の子供だけどね」

彼を見送る田辺さんは、すごく可愛い奥さんで、きっとすごく優しいお母さんだ。
私は田辺さんに駆け寄って、手早く寝癖を直してあげた。
「田辺さん、今度スーパーの特売いっしょに行きませんか」
「えっ、いいけど」
「私たち、いいママ友になれそうですね」
「ママ友? ああ、いいね、ママ友」
田辺さんは、嬉しそうに笑った。

田辺さんに手を振って改札を抜けた。
ウンザリするような満員電車の中、私は少しだけ笑顔になった。

***
久々の更新になってしまいました。
ネット環境を変えたら繋がりがイマイチで、なんかストレス。
頑張れWi-Fi!!

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