SSブログ

9月の子ども [コメディー]

夏休みが終わったら、学校へ行きたくない子が増えるっていうけど、うちの息子は、全くそういう子じゃなかったんです。
それなのに、始業式の日、全然起きてこないんですよ。
起こしに行ったら「学校行きたくない」っていうんです。
無理に行かせるのも良くないって言うでしょう。
だから私、放っておいたんです。
きっと明日には元気に行くだろうと思って。

それでね、パートに行って帰ったら、あの子がいないんです。
鞄もないから、ああ遅れて学校に行ったんだなって思いました。
6時過ぎに息子が帰って来ました。「あー疲れた」って言いながら。
「学校行ったのね」って言ったら、「部活だけ行った」っていうんです。
まあ、夏休みも部活だけは行っていたから、その延長なのかもしれないけど。
「部活に行くなら朝から行きなさいよ」
私が言ったら、息子は「分かった」って言いました。
だけど、結局次の朝も起きてこないんです。

かれこれ2週間、息子は部活だけ行ってます。
どう思います?
部活行くだけいいっていう人もいますけど、授業はどうするのかしら。
中学2年って大事な時期でしょう。
部活はいいけど授業は嫌だなんて、そんなこと許されますか?
このままでいいのかしら。
校長先生、私、どうしたらいいでしょう。

「お母さん、ご心配は分かりますが、息子さんのおかげで我がサッカー部は非常に強くなりました。全国を狙えるレベルです」
「まあ、そんなに?」
「ですから彼には部活に専念して欲しいと思っています」
「でも、それでは授業が」
「授業には出なくて結構です。息子さんにそう伝えてください」

いいのかしらって思いながら、家に帰って息子に話したの。
息子は、それはそれは喜んだわ。
「やった。じゃあもう、授業もテストの採点も、面倒な保護者との面談も雑用もしなくていいんだね。よし、明日は早起きして次の試合のフォーメーションを考えよう」
ふう。今どきの先生は大変なのね。
何はともあれよかったわ。
先生が不登校なんて、シャレにならないわ。




nice!(9)  コメント(6) 

子どもの宿題 [コメディー]

夏休み最後の日、我が家は戦場と化す。
子どもたちの宿題が終わっていない。

私は長男(小6)と次男(小3)の読書感想文と、次男の工作づくり担当。
夫は長男と次男の算数ドリル担当。
長女(高1)は、次男の絵日記担当。

「8月6日の天気って何? みんなで水族館行ったの、いつだっけ」
「できた。お菓子の箱で作ったロボット。カッコ悪いけど、出せばOKだから」
「パパがぎっくり腰になったの、何日だっけ?」
「そんなの絵日記に描くなよ~」
「ちょっとパパ、全問正解しちゃダメよ。親がやったのバレちゃう」
「ママだって、6年生で習わない漢字が入ってるぞ」
「あー、もう、雨降ったのっていつだっけ? 全部晴れでいい?」
「お姉ちゃん、絵が上手すぎ。もっと下手に描いて」

「あー、もうやだ」
長女が鉛筆を投げた。
「どうして毎年ギリギリまでやらないのよ。あたしだって明日から学校なのに」
「お姉ちゃんはいいじゃないの。宿題終わってるし、時間はたっぷりあるんだから」
「あたしだって自分の勉強があるよ。塾だって行ってるし」
「その塾のお金は、どこから出てると思ってるの」
長女は黙った。

深夜0時、日付が変わるころ、長男と次男が帰って来た。
「ただいま」
「あれ、まだ宿題終わってないの?」
「ギリギリまでやらないのは悪い癖だね」
「どうせゲームばっかりやってたんでしょ」
「ごめん。でもだいぶ終わったから、あとひと踏ん張りよ」
「ねえ、今日の天気だけ教えて。晴れてた?」
「うん。快晴だった」
「ありがとう。快晴ね」
「じゃあ僕たち、もう寝るね」
「明日の学校の用意しておいてね」
「わかった。お疲れさま」

長男と次男は、超売れっ子の子役俳優。
夏休み前半はミュージカルの舞台。
後半はドラマの撮影で北海道ロケ。

「ママ、今日の絵日記、飛行機に乗った絵でいいかな」
「そうね、飛行機に乗る写真がインスタにアップされてたわ」
「どれどれ」
「あー、算数終わった。小6の算数難しいな」
「パパ、来年は中1よ。勉強してね」

あー、今年も終わった。
こんなふうに、子どもの宿題を家族がやるのはどうかと思うけど、仕方ないのよねえ。
あの子たちの稼ぎで暮らしてるから、私たち。

nice!(9)  コメント(6) 

本の部屋 [コメディー]

ITの進化、ペーパーレスの推進。
時代が進み、紙の本が姿を消した。
新聞、マンガ、小説、教科書。何もかもが電子化された。
本はサブスクで読む時代。指一本で電子書籍を買う時代。
紙の本は、すっかり貴重品だ。

私は、未来を担う子どもたちのために、莫大な資金をつぎ込んで図書館を造った。
今さらそんなものを作ってどうすると、誰もが言った。
しかし私は、紙の本を夢中で読んだ子どもの頃が忘れられない。
あのワクワクする気持ちを、今の子どもたちに伝えたい。
木の香りが漂う森の図書館に、世界中から貴重な本を取り寄せた。
子どもが喜びそうな冒険小説、SFにミステリー、童話や偉人伝など。
壁一面の書棚に詰まったたくさんの本。
目を輝かせる子どもたちを想像すると、涙が出そうになる。

まず手始めに、5人の子どもたちを招待した。
ゲームやスマホは持ち込み禁止。夕方まで、たっぷり本を読んで過ごしてもらう。
「君たちは、時間が来るまでこの部屋から出られない。決して退屈などと思わないで欲しい。何しろこれだけの素晴らしい書籍があるのだ」
スマホを取り上げられて不満な顔をする子もいたが、私は構わず続けた。
「さあ、どれでも気に入ったものを手に取りなさい。あとで感想を聞かせてもらうから、それまで好きなだけ楽しみなさい」
子どもたちは、きょろきょろと棚の本を見回した。
本の数に圧倒されているようだ。
私はそうっと部屋を出て、外から鍵をかけた。

できれば傍にいてアドバイスなどをしたいところだが、そこは我慢だ。
子どもたちに、自由に選ばせたい。
みんなどんな本を読むのだろう。
感想が楽しみだ。

3時間後、本の部屋に行ってみると、子供たち本を片手にソファーや床で居眠りをしていた。
読みつかれて寝てしまったようだ。本は、心地よい睡眠導入剤だ。
こういうこともいい経験だ。
さて、みんな何の本を読んだかな。
ほう、世界文学全集だ。これは素晴らしい。
トム・ソーヤの冒険、十五少年漂流記、山椒大夫。なんて素晴らしい選択だ。
それにしてもずいぶん厚い本を選んだな。
では、感想を聞かせてもらおうか。

私は子どもたちを起こした。
「君たち、さっそく感想を聞かせてくれないか?」
子どもたちは、口々に感想を述べた。
「硬かったです」
「ちょっと小さいかも」
「高すぎて首が痛いです」
「あんまりよく眠れなかったな」
「えっ、枕じゃないんですか?じゃあ、これ何?」

nice!(10)  コメント(6) 

白雪姫反省会 [名作パロディー]

ただいまより、白雪姫の反省会を始めます。

<鏡の反省>
あー、やっぱり本音を言っちゃったのがいけなかったよね。
いつもは、女王への忖度で「一番美しいのはあなたです」なんて言ってたけど、そんなわけないじゃん。
白雪姫の方がいいに決まってるじゃん。
だからつい「白雪姫でーす」って言っちゃったんだよね。
それで、姫が生きてるのバレちゃって、毒リンゴ食べることになってさ。
えっ? 今一番きれいな人は誰かって?
そりゃあ、このお話を読んで下さっているあなたですよ。(忖度)


<七人の小人の反省>
反省? まあ、強いて言うなら、白雪姫を残して仕事に出かけたことだよね。
七人もいるんだからさ、一人くらい姫のそばにいても良かったよね。
そうしたら毒リンゴ食べなかったかもしれないし。
それにしてもさ、七人もいて、どうして誰も白雪姫にキスしなかったかな。
めっちゃチャンスだったじゃん。
通りすがりの王子に横取りされてさ、俺らマジで落ち込んだ。
そうだ、俺たちの反省はそれだ。姫にキスしなかったことだ!


<女王の反省>
私の反省は、あっけなく死んでしまうことね。
だって魔女なのよ。もう少し何とかならなかったかしらね、魔法で。
私の死に方は諸説あるけど、いい死に方じゃないのよ。
雷に打たれたり、火あぶりにされたりね。悪役だから仕方ないわ。
改心して、仲良く穏やかに暮らすっていう結末は……ないわよねえ。
グリム童話だもの。


<白雪姫の反省>
反省、ですか?
えー、なんだろう。
わたしを助けたために、家来が殺されちゃったこと?
小人さんのお家を壊したこと?
空腹に負けて毒リンゴを食べちゃったこと?
王子様のキスで、ちゃっかり生き返っちゃったこと?
うーん。そのくらいしか思い浮かばないわ。
あら、みなさん、どうなさったの? 何をそんなに見つめているの?
わたしの顔に何かついているかしら?
……美しすぎるって?
ふふふ、いやだわ。それ、反省しなきゃダメ?(全員キュン死)


<王子様の反省>
出番が少ないこと!

nice!(10)  コメント(6) 

迎え盆

まだかなあ。おそいなあ。
「迎えに来たよ、お父さん」
ああ、となりの墓か。
「お迎えに来たよ。おばあちゃん」
斜め前の墓だ。

日が暮れちまったぞ。うちの迎えはまだか。
せっかくのお盆だというのに、迎えがないと帰れないじゃないか。
おや、誰か来たぞ。提灯をぶら下げた若い女だ。
右に曲がった。と思ったら戻ってきて左に曲がった。
ウロウロしている。こりゃあ迷ったな。何しろ大きな墓地だからな。

女がこちらに向かって歩いてきた。
「あった~。よかった~」って、ここは俺の墓だぞ。
あんた間違ってる。
「さあ、おじいちゃん、帰ろう」
いや待て。俺はあんたを知らん。どこへつれていく気だ。
女が歩き出した。「ちがうちがう」と思いながら、提灯に付いて行ってしまう。
このままでは、知らない家に帰ってしまうぞ。
女は、駐車場までの道を5回まちがえ、家までの道を数回まちがえた。
「あっ、今のところ左だった」とまあ、方向音痴にもほどがある。
そうしてたどり着いたのは、懐かしい我が家だ。
なんだ、俺の家じゃないか。

「おかえりなさい」
ばあさんだ。ばあさんが俺を迎えてくれた。
「悪かったね、ミカちゃん。お迎えに行かせちゃって」
「いいよ。仕方ないよ。家族みんなで食あたりだなんて、超ウケるんだけど」
女がへへっと笑った。
おや、この笑い方には覚えがあるぞ。近所の悪ガキだ。
女だてらに木に登って、悪さばっかりしてた子だ。
孫のタケシをいつも泣かせてたおてんば娘、ミカだ。
「おじいちゃんにはよく怒られたな。でもあたし、おじいちゃんのこと好きだったよ」
ミカはそう言いながら、線香を立てて俺の写真に手を合わせた。
よく見ると、悪ガキもすっかり美人の娘さんだ。

「ミカちゃん、ありがとうね」
「うん。じゃあ帰るね。おじさん、おばさん、タケシ、お大事にね~」
「あっ、ミカちゃん、玄関は右だよ」

ミカは帰った。
どうやら息子夫婦と孫は、食あたりで寝込んでいるようだ。
ばあさんが、俺の好きな酒を注いでくれた。飲めないのが残念。
「おじいさん、お帰りなさい。寂しいお盆でごめんね。明日には、みんな元気になるから」
俺は、おまえがいればそれでいいさ。
「そうそう、ミカちゃんね、タケシの嫁になるんだよ。秋には結婚式だ。この家もにぎやかになるね」
なんだって? あの悪ガキが、タケシの嫁に?
いつも泣かされていた、あの子を嫁に?
世の中、わからないものだな。
なんて思っていたら、帰ったはずのミカがひょっこり顔を出した。
「あらミカちゃん、どうしたの?」
「玄関だと思って開けたらお風呂だった。今度こそ帰るね」
「だから玄関は右だよ。いい加減に家の間取りを覚えておくれよ」

まったく、何という方向音痴だ。
この子が嫁に来るのか。
もう少し長生きしたかったな。

nice!(10)  コメント(10) 

真夜中の黒猫さん

いつからだろう。真夜中になると、黒猫がやってくる。
赤い鈴を付けている。
猫はいつの間にか部屋にいて、僕のベッドの足元に、当たり前のように座る。
たぶん猫の幽霊だ。
だって猫に触れようとした僕の手は、すうっとその体を通り抜けたのだから。
幽霊だけど、ちっとも怖くない。
猫はあまりに気ままで無防備で、そしてあまりに可愛かった。

僕は猫を待つようになった。
どうせ暑くて眠れない。暑くなくても眠れない。
睡眠よりも、僕の心は猫を求めていた。
小さな鈴の音とともに、猫が来る。
あくびをしたり、毛づくろいをしたり、大きく伸びをしたりする。
そして朝になると、最初からいなかったように消えてしまう。
鳴きもせず、振り向きもせず、鈴の音だけを残していく。

会社のノルマがきつくて、要領の悪い僕は叱られてばかり。
心も体もぼろぼろだけど、僕は毎日会社に行く。
田舎で一人暮らしをしている母が、電話の度に「帰っておいで」と言う。
だけど、今帰ったら逃げるみたいだし、負け組になってしまう。
「ねえ猫さん、僕はどうしたらいいだろう」
話しかけても知らんぷりだ。それでいい。君だけが、僕の心を癒してくれる。

数日後、会社の営業車を運転していたら、目の前に黒い猫が飛び出してきた。
あわててハンドルを切ったら、ガードレールにぶつかった。
幸い怪我はなかったけれど、会社の車をぶつけたことで、僕の立場は厳しくなった。
上司の風当たりがますます強くなり、僕はとうとう会社を辞めた。
その日から、黒猫は姿を見せなくなった。

車の前に飛び出してきた黒い猫、一瞬だけど鈴の音がした。
赤い鈴かどうかは、よく見えなかった。
まさか、あの猫じゃないよな。
荷造りをしながら、猫の定位置だったベッドを見た。
もちろん、気配ひとつない。

翌日、僕は田舎に帰った。
潮の香りがする。大きく息を吸い込んだら、やっと普通の呼吸が出来た。
「おかえり」
母が優しく出迎えてくれた。
涼しい風が入る畳の部屋で、僕は死んだように眠った。

目が覚めたら、足元に黒猫がいた。赤い鈴を付けている。
「あれ、おまえ、僕についてきたのかい?」
猫は、ゆっくり起き上がって、僕の手をペロッと舐めた。
温かい。えっ? 生きてる?

「起きたのかい? 晩ごはん出来てるよ」
母がふすまから顔をのぞかせた。
「母さん、猫がいる」
「ああ、ひとりで寂しいから、飼い始めたんだ。毎日、寂しい寂しいって話しかけてたら、あんたが帰ってきてくれたよ」
母が笑った。

僕は猫を抱き上げた。
「もしかして、母さんの策略か?」
猫は知らんぷりで、毛づくろいを始めた。
おまえ本当は、全部分かってるんじゃないのか?

nice!(10)  コメント(10) 

ベランダの男

熱帯夜で眠れずに、ベランダに出た。風はない。
だけどねっとりした空気の中にも、不思議な解放感がある。
ただぼんやりと月を眺める時間も、人生には必要。

ふと、となりのベランダから物音が聞こえた。
そうっと覗き込むと、男が隣の部屋の窓から中を見ている。
えっ、泥棒? もしくは変質者?
どうしよう、と思っていたら、男が私を見た。
「怪しいものじゃありません。僕はこの部屋の住人です」
「えっ? お隣さん?」
隣の奥さんは何度か挨拶を交わしたけれど、ご主人は見たことがない。
「ベランダで、何をしているんです?」
「追い出されたんですよ。たぶん酔いつぶれた僕をベランダに追い出して、鍵を閉めたんです。妻はそういうことを平気でやる女です」
「まあお気の毒に。ではおやすみなさい」
関わりたくないので部屋に戻ろうとしたら、泣きそうな声で呼び止められた。
「すみません。妻に鍵を開けるように言ってください。のどが渇いて死にそうです」
悲痛な声で懇願するので、仕方なく隣の家のチャイムを鳴らした。

「なんですか。こんな夜中に」
不機嫌な顔の奥さんが出て来た。
「私もこんな時間に来たくありません。だけどお宅のご主人が、ベランダで泣いています。鍵を開けて欲しいそうです。よそ様の夫婦げんかに口を出したくありませんが、気になって眠れません。中に入れてあげてください」
「夫はいません」
奥さんが、ため息まじりの声で言った。
「でも、ベランダに……」
「それは夫の幽霊です」
奥さんはバタンとドアを閉めた。ドアには、気持ち悪いお札が貼ってある。
おかしな宗教でもやっているのだろうか。怖そうな奥さんだ。

私は再びベランダに戻った。男はいた。
「奥さんが、あなたのことを幽霊だと言いました」
「違いますよ。生きてますよ。ほら、足だってあるでしょう。妻はおかしな女です。玄関に変な札が貼ってあったでしょう。あれだって、何度言っても剝がしてくれない」
「あの、夫婦の問題は夫婦で解決してください。私もう寝ます。明日も仕事なので」
「じゃあ、せめて飲み物を。缶ビール1本でいいから飲ませてくれ。500ミリ、いや、350ミリでもいい。のどがカラカラなんだ」
男が涙声で訴えたとき、隣の部屋の窓が開いた。

「あんた、いい加減にしなさいよ」
奥さんがお札を掲げると、男は何かを叫びながらふっと消えた。
「えっ、どういうこと? 本当に幽霊だったの?」
「あれは夫の生霊よ」
「生霊?」
「夫はアルコール依存症で入院しているの。よほど治療が辛いのか、ああやって生霊になって帰って来るの。ドアにお札を貼ったものだから、ベランダから入ろうとしたのね」
奥さんは、ベランダにもぺたりと札を貼った。
「これで安心。お騒がせしたわね」

「これで安心」って奥さんは言ったけど、その日から部屋でビールを飲んでいると、誰かの視線を感じてしまう。
「1本だけ。350ミリ、いや、できれば500ミリ、1本だけ飲ませて」
冷房の風に乗って、そんな声が聞こえる。
ああ、私もお札もらってこようかな。

nice!(11)  コメント(8) 

ぬか床LOVE

ヨネさんとルームシェアを始めて1年。
連れ合いを亡くし、子どもたちは好き勝手に生きている。
境遇が似ていたから意気投合して、一緒に暮らすことにしたんだ。
家賃も食費も光熱費も半分ずつ。
年金が出た日は贅沢したけど、基本的には質素な暮らしだ。
漬け物とみそ汁があればそれでいい。
何しろヨネさんのぬか漬けは最高だ。

楽しい日々は続かなかった。
ヨネさんは、心臓マヒでぽっくり逝っちゃったんだ。
ピンピンコロリがいいねって言ってたけどさ、早すぎるよ。

悲しむ間もなく、ヨネさんの息子がやってきて、金目の物を探し始めた。
宝石や通帳、ベッドの下に転がった100円玉も持って行った。
何だかね、あまりにも情がないよ。
「ちょっとあなたたち、ヨネさんのこと、聞きたくないの? この家でどんなふうに暮らしていたか、知りたくないの?」
「好きなように生きてたんでしょう。それでいいじゃないですか」
「慎ましい人だったよ。働き者できれい好きな人だったよ。お酒を飲むと、たまに寂しいってつぶやいてたよ」
「僕だっておふくろを放っておいたわけじゃないですよ。一緒に暮らそうって何度か声をかけたけど、独りのほうがいいって本人が言ったんです」
「嫁が迷惑そうな顔してたって、ヨネさん言ってたよ。泊りに行ったら物置部屋みたいなところに寝かされたってね」
「あなたに関係ないでしょう。うちにも事情があるんだよ」

息子は立ち上がった。
「ちょっと待って。ヨネさんのぬか漬けがあるよ。食べていくかい?」
「結構です」
「ぬか床、持っていくかい? ヨネさんが大事にしてたものだよ」
「いりませんよ。あんなデカい壺、置き場所がないし、妻が嫌がります」
「そう。ヨネさんの宝物なのにね。じゃあ、あたしがもらうね」
「どうぞ」
息子は帰った。もう会うことはないだろう。

あたしは、ヨネさんのぬか床をかき混ぜた。
毎日毎日、ヨネさんがかき混ぜていた大事なぬか床。
腕を伸ばして、底にあるビニール袋を取り出す。
「ああ、よく漬かっているね」
ぬか床の底に隠した札束。ざっと500万はあるね。
ヨネさん、あんたの息子、ぬか床いらないってさ。あたしにくれるってさ。

絶対あたしに触らせなかった、ヨネさんのぬか床。
あたしの予想は的中したね。
ああ、でもあの息子、ヨネさんのぬか漬けを少しでも懐かしがったら、宝物の正体を教えてあげたのに。
仕方ないね。ありがたく使わせてもらうよ。
冥途の土産に、海外旅行でも行こうかね。

nice!(9)  コメント(10) 

宮本商店の笹飾り

宮本商店でガムを買ったら、おつりと一緒に短冊を渡された。
「願い事を書いて、店先の笹に吊るしな」
「いらないよ」
「書きなよ。あんた小学生の頃、うちの笹に吊るした願い事が叶ったんだろう。万歳三唱しながら報告に来たじゃないか」
「いつの話? おばちゃん、僕はもう高校生だよ」
僕は、ガムと小銭をポケットに入れて、短冊を置いて店を出た。
店先の笹飾り。小学生の僕は、何を願ったんだっけ?

宮本商店は、5年前にコンビニになったけど、僕らは今も宮本商店と呼んでいる。
近所のおばさんのたまり場だった店は、学生やトラックの運転手がたくさん来るようになった。

家に帰ると、中学生の妹が短冊に願い事を書いていた。
「お帰り。短冊、お兄ちゃんの分もあるよ」
「いらねえよ。そんなの書いてどうするんだよ」
「宮本商店の笹に飾るの。だって、お兄ちゃんの願い事、叶ったんでしょう」
「いつの話だよ」
僕はソファーに寝そべりながら考えた。
小学生の僕は、どんな願い事をしたんだっけ?
成績が急に上がった記憶はない。
初恋が実ったのは中2だし、懸賞が当たったこともない。

「書けた。お兄ちゃん、一緒に吊るしに行こう」
「やだよ。ひとりで行けよ」
「もう暗いもん」
台所から母が顔を出す。
「行ってあげなさい。女の子ひとりじゃ物騒よ」
僕は渋々立ち上がり、妹と一緒に家を出た。

田舎の道は真っ暗だ。
宮本商店の灯りだけが、砂漠のオアシスみたいに輝いて見える。
「おまえ、何を願ったの?」
「25メートル泳げますように」
「は、まだ泳げないの? だせえ」
「7月中には泳げるようになるよ。願いが叶うから」
妹は、真剣な顔で短冊を吊るした。
店の中を覗くと、おばちゃんはまだレジにいた。
笑顔だけど、何となく疲れているように見える。
客が帰ると、肩を落として腰をポンポンと叩いた。

「お兄ちゃん、宮本商店がコンビニになってよかったね。それまでこの町にコンビニなかったもんね」
妹の言葉に、僕はハッとした。思い出した。
小学校の時の願い事。

『宮本商店が、コンビニになりますように』だった。

それはたぶん、僕が短冊に書く前に決まっていたことなんだろう。
だけど願いが叶ったと思い込んで、万歳三唱をしたアホだった。
笹に吊るされた短冊の中に、やけに達筆なものがあった。
『いいアルバイトが見つかりますように 店主』

今度は僕が、おばちゃんの願いを叶えてやろうかな。

nice!(9)  コメント(8) 

誰かを殺す夢 [ミステリー?]

誰かを殺す夢を見た。

1日目は、誰かを殺す計画を立てている夢だ。
念入りに計画を立てているのは確かに私だが、誰を殺そうとしているのかはわからない。

2日目は、誰かを殺しに行く夢だ。
ナイフを持って歩いている。すぐに銃刀法違反で捕まりそうだが、夢なので逮捕はされない。
そして誰を殺しに行くのかは、やはりわからない。

3日目は、誰かの家に侵入する夢だ。
深夜なのに鍵もかかっていない無防備な家に、私はいとも簡単に侵入する。
それが誰の家なのか、やはりわからない。

4日目、私はついに誰かを殺す。
ナイフを背中に突き刺して、一発で仕留める。
夢の中の私は、慣れているようだ。
うつ伏せで倒れた誰かは、どうやら男だ。

そして今夜、私は夢の続きを見る。
今日こそ知りたい。私はいったい誰を殺したのか。
全く知らないやつか、知り合いか。
知り合いだったら「おまえを殺す夢を見たよ」と冗談交じりに話してやろう。
しかしこんな日に限ってなかなか眠れない。

深夜に、ドアが開く音がして、誰かが入って来た。
鍵をかけたはずなのにおかしいと思いながら、ベッドを降りた。
恐る恐る部屋を出ると、ナイフを持った男と鉢合わせた。
すぐに逃げたが、追って来た男に背中を刺された。
私は、私を刺した男の顔をしっかりと見た。
それは、私だった。夢の中の私が、現実の私を殺しに来たのだ。
ああ、私が殺したのは私自身だった。
知り合いどころか、自分じゃないか。
なんだ、そうかと妙に納得しながら、私は目を閉じた。

目が覚めた。
私はガバっと起き上がる。まだ夜明け前だ。
そうか、これも夢だったか。
そりゃそうだ。自分が自分を殺すなどありえない。
何とも不思議な夢を見たものだ。

「ちょっと、何なの?」
となりで寝ていた妻が、般若のような顔で私を見た。
「夜中に5回も起きるなんてどうかしてる。睡眠妨害よ」
5回も起きただと? 
そうか、私は一晩のうちに5回も夢を見たのか。
どうやらその度に飛び起きて、再び夢の続きを見ていたようだ。

「今度起きたら殺すから」
妻が不機嫌そうに背を向けた。
本当に殺されるかもしれないと思いながら、私は再び眠りに落ちた。

妻が誰かを殺す計画を立てている。
ああ、これもまた夢か。


nice!(11)  コメント(4)