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作文が書けません! [コメディー]

ああ、なんてことだ。
夏休みがもうすぐ終わるのに、作文の宿題が終わらない。
計画的に物事を進めることをモットーに生きて来たのに、11年間の人生で一番の不覚だ。
去年はおばあちゃんの家に行って、虫取りと川遊びという小学生男子ならではの視点を重視した作文で銀賞をもらった。
その前は初めての海外旅行で得た異文化との触れ合いを、子どもらしくまとめて金賞をもらった。
その前は……。まあいい。過去の栄冠に浸るのはこのくらいにしよう。

「お母さん、作文が書けません」
「まあ、珍しいわね。秀ちゃんが宿題のことでママに相談するなんて」
「お母さん、ママと呼んでいたのは6歳までです。秀ちゃんという呼び方も、いい加減やめてください。僕は秀一です」
「いいじゃない、どうだって。それで、どうして書けないの?」
「どこにも出かけていないからです。コロナで緊急事態宣言が出て、外出を自粛しているから、夏の想い出がないんです」
「そうか。田舎にも行けなかったしね。じゃあ、家での暮らしを書けばいいじゃないの。朝起きてから寝るまでのことを書けば?」
「お母さん、僕の日常は、判を押したように同じです。面白いことなんて何一つありません。そんなことを書いても、銅賞すらもらえませんよ」
「じゃあ、花火でもやる?」
「5年生の作文が花火ですか? 題材が弱くありませんか」
「じゃあ、バーベキューは?」
「お父さんが出張なのに、誰が肉を焼くんですか。お母さんが焼くといつも生焼けで全然おいしくないじゃないですか」
「じゃあ、それを作文に書けば? 恐怖の生焼け肉ってタイトルで」
「もういいよ」

ああ、母に相談した僕がバカだった。
母の脳内メーカーは、「韓国ドラマ」と「メルカリ」と「アンチエイジング」で成り立っている。
夏休みもあと二日か。参ったな。

その夜は、作文が気になってなかなか眠れなかった。
夜中にドアが開いて、母が部屋に入ってきた。
「秀ちゃん、起きて。何だかね、リビングで物音がするの。泥棒かも」
「ど、泥棒! それは僕ではなく、110番に電話をした方がいいですよ」
「ああ、そうだった。秀ちゃん、まだ小学生だったね。大人っぽいからつい頼っちゃった。じゃあ、警察に電話……はっ、スマホ、リビングだ!」
やれやれ。僕は災害用に用意したヘルメットをかぶり、誕生日にもらったけど一度も使っていない野球のバットを手に持った。
「秀ちゃん、気を付けてね」
階段をそろりと下りたら、キッチンに灯りがついていた。
大きな背中が、冷蔵庫をあさっている。母が耳元でささやいた。
「秀ちゃん、バット貸して。冷蔵庫には京都から取り寄せた超高級スイーツが入っているの。泥棒に食べられたら悔しくて一生眠れない。なかなか買えないのよ」
「危ないよ、お母さん。かなりの大男だ」
「平気よ。ママ、こう見えて合気道教室に3か月通ったことがあるの」
「3か月……」
母が僕からバットを取り上げて、泥棒めがけて振り上げた。

アハハハハハ
真夜中のリビングに、笑い声が響いている。
どういうことかというと、泥棒だと思った大きな背中は父だった。
出張が急遽取りやめになって、夜中に帰って来たのだ。
「ママはコントロールが悪いなあ。冷蔵庫叩いてどうするんだよ」
「パパが悪いのよ。帰って来るなら連絡してよ」
「ごめん、ごめん。ところでさあ、腹減ったんだけど何かない?」
「じゃあバーベキューやりましょう。ねえ秀ちゃん、これで作文書けるわね。タイトルは、真夜中のバーベキューよ」
「だからお父さん、お母さん、パパママの呼び方は、とうに卒業しています」
「いいから早く庭に集合して。パパ、バーベキューセット出してね。ママはお肉と野菜を用意するわね。秀ちゃんはお皿とコップ出してね」
「本当にやるんですか。近所迷惑になりませんか。お父さん、カラオケはやめましょう」

この夏僕が書いた作文「真夜中のバーベキューで通報された件」は、金賞をはるかに超えて市長賞をもらった。
やれやれ。

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