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朝寝坊さん [ファンタジー]

子どもの頃から、わたしの枕元には「朝寝坊さん」がいます。
目に見えないくらい小さな女の人で、とても心地よい優しい声で子守唄を歌うのです。
途中で眠ってしまうから分からないけれど、たぶん一晩中歌っていると思います。
だって目覚めたときも、優しいその歌は当たり前のように聞こえるのですから。

目覚まし時計をこっそり止めるのも「朝寝坊さん」の仕業です。
そう、だからわたしは、彼女を「朝寝坊さん」と呼んでいるのです。

「起きなさい、起きなさい、何度言ったら起きてくるの、まったくあなたは」
お母さんの声は、なんて耳障りなのでしょう。
わたしは目を閉じて、「朝寝坊さん」の歌声に酔いしれます。
5回くらい起こされて、渋々起き上がると、「朝寝坊さん」の歌はゆっくりフェイドアウトして、やがて風のように、どこか遠くへ行ってしまうのです。

おかげでわたしは、ほぼ毎日遅刻です。
「学生のうちはいいけど、社会人になったらどうするの? あなたを一生起こしてあげることなんか出来ないんだからね」
朝からガミガミうるさいです。
だけど「朝寝坊さん」のおかげで目覚めはとてもいいので、しっかり朝食を食べて出掛けます。
わたしが学校へ行っている間、「朝寝坊さん」はどこで何をしているのでしょう。
梅の花がもうすぐ咲きそうなことに、気がついているかしら。

「こら、おまえ、また遅刻か」
先生が怒ります。
だけど先生、寝不足のまま学校へ来ても、きっと効率が悪いわ。しっかり寝ることで、わたしの成績は中の上を保っているのよ。すべては「朝寝坊さん」のおかげなのよ。
そんなことを言ったら余計に叱られるので、「すみません」と微笑みます。
わたしの心は、いつだって穏やかなのです。

ある日のことです。
小鳥の声と「朝寝坊さん」の歌声が優しく混ざり合って、心地よい朝を迎えました。
しかし、いつまでたっても、お母さんが起こしに来ないのです。
耳障りなうるさい声でも、聞こえないと寂しいものです。
それに、このままではお昼になってしまいます。
わたしは「朝寝坊さん」に別れを告げ、起き上がりました。
「お母さん?」
リビングにもキッチンにもお母さんはいません。
部屋へ行ってみると、布団を被って寝ているのです。
「お母さん、どうしたの? 起こしてくれないから、もう陽が高くなっちゃったよ」
お母さんは、布団をもぞもぞさせながら、しゃがれた声で「起きたって仕方ないだろう」と言いました。
「だってあんた、朝起きられないせいで仕事もしてないし、一日ダラダラしているだけじゃないか。これ以上あたしの年金を当てにしないでちょうだいよ」
そう言って起き上がったお母さんの髪は真っ白で、顔はしわくちゃのおばあさんでした。
そして鏡を見たら、わたし自身も驚くほど年を取っていたのです。
「いやだ。お母さん、わたし、どうしちゃったの! ねえ、起きてよ、お母さん。起きてよ」
「ああ、うるさい。なんて耳障りな声だ。せっかく心地よい歌声を聞いていたのに」
お母さんのところにも、「朝寝坊さん」が来たようです。
仕方がないので、わたしも寝ました。
将来が不安で心細くて、なかなか眠れません。
「朝寝坊さん」は、もうわたしのために歌ってはくれません。

「起きなさい、起きなさい」
お母さんの声です。ガバっと起きると、わたしは元の女子高生に戻っていました。
「あら珍しい。一回で起きるなんて、雪でも降らなきゃいいけど」
お母さんも、ちゃんと太った黒髪のおばさんでした。
「朝寝坊さん」は、それっきり来なくなりました。
次はあなたの枕元に行くかもしれません。
うららかな春が、やがてやってきます。どうかご用心を。

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サンタクロース・ハナ [ファンタジー]

「世界初の、女のサンタクロースだってよ」
「女にできるのかね、サンタの仕事が」
「しかも東洋人だってよ。黒髪のサンタクロースなんて前代未聞だ」
「世も末だな」
「まっ赤なミニスカートでも履いてくれたら、目の保養にもなるけどな」

そんな男どもの陰口なんて何のその。
世界初の女性サンタクロースになったハナは、クリスマスの準備に追われていた。
ハナは、サンタ訓練生の中でもダントツに成績が良かった。
プレゼントを積み込む素早さ、トナカイの調教、そりに乗るバランス。
そして特殊技術を使ってプレゼントを配る技の取得。
誰かに見られないように存在を消す技。全てにおいて及第点だ。

「ハナ、そろそろ出発の時間だね。準備はいいかい?」
相棒のウィル(トナカイ)が赤い鼻を揺らしながらやってきた。
「バッチリよ。何度も確認したわ」
A地区からZ地区まで、サンタクロースはそれぞれに別れてプレゼントを配る。
ハナはZ地区。生まれ故郷の日本を担当する。

「ハナ、懐かしいだろう。少しくらい家に寄ってもいいんだよ」
「ダメダメ。急いで配らなきゃ。待っている子がいっぱいいるのよ」
南から北へ、素早く正確に、プレゼントを枕元に置いておく。
どうやって配るかは、企業ヒミツ。
「ハナ、初めてなのに順調だね。すごいよ」
「女のくせに、なんて言わせないわよ」
「うん。そんなことを言うやつがいたら、頭突きしてやるよ」
輝く空をひゅんひゅん飛んで、最北の街に着いたのは夜明け前。
「間に合いそうね。さあ、どんどん配りましょう」

しかし、最後の子供の家に着く前に、プレゼントが無くなってしまった。
「うそ。ちゃんと確認したのに、1個足りないわ」
「おかしいな。あっ、ハナ見て。こんなメモが」

『さあ、女のサンタさん、この試練に耐えられるかな(笑)』

それは、先輩サンタクロースたちの嫌がらせだった。
優秀なハナにサンタの座を奪われて、腹いせにこっそり1個抜いたのだ。
「ひどいことするな。どうする?ハナ」
「一人だけもらえないのは可哀そうよ。何とかしなくちゃ。この子のプレゼントは何だったかしら」
「イチローのサインボールだよ。ハナが苦労して手に入れたサインボールだ。今から手に入れるのは無理だよ。ごめんねって手紙でも書く?」
「そんなのダメだよ。ねえ、ウィル、やっぱり家に寄ってもいい?この近くなの」
「いいけどさ、どうするの?」
ハナはウインクをしてソリに乗り込んだ。目指すはハナの家。

赤い屋根の小さな家、ハナは気配を消すことなく家に入った。
「お父さん、お父さん、ごめんね、起きて」
お父さんが真っ暗な部屋で目をこすりながら起き上がった。
「おお、ハナ、立派なサンタクロースになったな」
「そんなことより、お父さん、イチローのサインボール持ってたよね」
「おお、オリックス時代の貴重なボールだ。ネットオークションに出したら高値で売れるぞ。それがどうした?」
「ちょうだい」
「はあ?」
「お願い、イチローファンの男の子にあげるプレゼントなの。その子は将来、イチローを超える野球選手になる……かもしれないわ。ねえ、お父さん、ネットで売るより価値があるわ」
お父さんは、ハナの熱意に負けて、渋々サインボールを差し出した。
「ありがとう。お父さん。メリークリスマス」

先輩の嫌がらせにも負けず、無事に仕事を終えたハナは、サンタクロースの国に帰った。
「ああ、美しい朝焼けね」
無事に全部配り終わったことを報告したら、先輩たちが悔しそうな顔をした。
「どうする、ハナ。頭突きする?」
「しなくていいわよ、ウィル。ムカつくけど、あいつらのおかげで家に帰れたもん」
「心が広いな」
「ちょっとしか会えなかったけど、お父さん、悲しそうだったな」
それはイチローのサインボールを奪われたからだろう……とウィルは思ったが口には出さなかった。
可愛いサンタクロースは、子供たちの嬉しそうな顔を想像しながらぐっすり眠った。

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透明 [ファンタジー]

私はときどき透明になる。
そしてこっそりベッドを抜けて、夜の街に遊びに行く。
きれいなイルミネーションで飾られた街を歩くと、私の体は金や銀や赤に染まる。
透明だから、カメレオンみたいに風景に溶け合うの。

今日はクリスマスイブ。
寄り添う恋人たちや、ケーキを抱えたお父さん、千鳥足のおじさんや大声ではしゃぐ若者たち。
みんな楽しそう。だってクリスマスだもの。

「きみ、同類?」
不意に声をかけられた。姿は見えないけれど、すぐにわかった。
透明な男の子だ。同じ透明の子に会うのは初めてだ。
「透明になって、どのくらい?」
男の子が隣に並んで歩きだした。見えなくても気配でわかる。
「今年の春から、何度か透明になってるよ」
「そうか。僕はもう2年も透明生活をしているよ」
優しそうな、素敵な声だ。私たちは、大きなクリスマスツリーの下に並んで座った。
雪が降りそうだけど、ちっとも寒くない。
「透明っていいよね。寒くないし、体は軽いし、いくら歩いてもちっとも疲れないもん」
「そうだね」
「ねえ、今日はクリスマスイブだけど、ケーキ食べた?」
「いや、食べてないよ」
「私も。ああ、イチゴがたっぷり乗ったケーキが食べたいな」
「いいね」と、男の子が笑った。
「このままどこかに遊びに行こうよ。高級ホテルのレストラン、R指定の大人の映画、夜の水族館、私たち、どこでも行けるよ」
誰かとおしゃべりするのは久しぶりで、私はすっかり浮かれていた。

「行けないよ。僕はもう、帰らなきゃ」
「そうか、家はどこ? 近いの? また会える?」
「いや、もう会えないよ」
男の子の声が、少しずつ小さくなっていく。
「僕はもう消えるよ。透明じゃなくて、本当に消えるんだ。2年は長すぎた」
何かを諦めたような、悲しい声だ。

やっぱり私たちは同類だ。眠ったまま目覚めない。
たとえ透明になって街を自由に歩いても、重い体はベッドで眠ったままだ。

「僕は消えるけど、きっと君は大丈夫だよ。まだ間に合う。今日帰ったら、自分の体に言い聞かせるんだ。起きてケーキが食べたい、イチゴがたっぷり乗ったケーキが食べたいってね」
優しい声でそう言って、男の子は消えた。
気配がすっかり消えてしまった。ひとり残されて、私は急に現実を知る。

中学校の入学式の日、私は事故に遭った。それからずっと眠っている。
パパは大好きなお酒を断って、ママは毎日手を摩ってくれる。
透明になって自由に歩けても、やっぱり自分の体で歩きたい。
家に帰って、眠る私をじっと見た。
「ケーキが食べたい、イチゴがたっぷり乗ったケーキが食べたいよ。もういい加減目覚めてよ」
透明の私が、きれいな涙になって、私の中に戻っていく。
ゆっくりゆっくり、命を吹き込むように戻っていく。

パパ、ママ、クリスマスの朝、きっと奇跡は起きるよ。

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子ネコのメモリー [ファンタジー]

「いい、人間の言うことをよく聞くのよ」
ママがそう言って、僕のからだをなめてくれた。
「いい子にしていたら、人間はいつも優しいわ」
どうしてそんなことを言うのかな。やっぱり僕、どこかにもらわれていくのかな。
そういえばこのまえ、僕たちを見に来た人がいたな。
僕たち5人兄弟を、代わる代わる抱っこして、「うーん」とか唸っていたな。
「この子に決めた」ってその人が言ったとき、ママは少し寂しそうだった。

もうすぐ迎えに来るんだね。あ、車の音が聞こえた。
「逃げちゃおうか」
ママが僕の耳元で言った。
「裏山に逃げたら、きっと見つからないから」
そうだね。それもいいかもね。

だけど、ママが本気じゃないことは、すぐにわかった。
だって外は怖いから行っちゃだめって、いつも言ってるもん。
車に轢かれたり、怖いノラ猫がいるって、いつも言ってるもん。
ママも僕も、外では生きられないってこと、ちゃんとわかるよ。

このまえの人が来た。
「レイちゃん」って僕を呼んだ。
それって僕の名前? そういえば、この家では名前がなかったな。
チビとか、ちっこいのとか呼ばれてた。
「レイちゃん、おいで」
新しい飼い主が僕を抱っこしてカゴに入れたら、ママはもう何も言わなかった。
僕だけが、ニャーニャー鳴いていた。

ママ、新しいおうちは快適だよ。
鳴くとすぐにごはんをくれるんだ。おやつも出るよ。
病院っていうところにも行った。
体重を計って爪も切ったもらったよ。
寝心地のいいお布団もあるよ。

ママ、ごめんね。ママのこと、たぶんもうすぐ忘れるよ。


こうして、レイちゃんはうちの子になりました。

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レイ(男の子)生後2ヶ月の甘えん坊です

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よろしくにゃん

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チューリップとパンジー [ファンタジー]

ぽかぽかの春です。
花壇には、赤いチューリップと黄色いパンジーが仲良く並んでいます。
『いいお天気ね。パンジーさん』
『気持ちがいいわね。チューリップさん』
ニコニコと笑いあっています。
しかし、その心の中は・・・・・

『パンジーはいいわね。大地に守られて安定しているわ。それに比べて細くてのっぽな私は、少しの風でゆらゆらしちゃう。パンジーが羨ましいわ』
『チューリップはいいな。すらりと背が高くて。きっと私たちよりいい景色を見ているはずよ。ああ、チューリップが羨ましい』

ジョーロを持ったおじさんがやってきて、花壇に水をかけました。
もちろんおじさんは、まんべんなく平等に水をかけています。
しかし・・・・・

『おじさんったら、パンジーにばかり水をあげているわ。きっとあちらの方が可愛いのね。そりゃあそうよ。私たちよりずっと長く咲いているんだもの。愛着があるのね。だからって、えこひいきはダメよね』
『おじさんがチューリップを見る目が、私たちを見るときと違っているの。何だか愛おしそうに見るのよ。私なんか冬の寒い時から咲いているのに、チューリップが咲き始めてから、おじさんは変わってしまったわ。ひどい話よ』

ランドセルを背負った女の子が通りかかりました。
「おじさん、きれいなお花ね」
もちろん女の子は、チューリップもパンジーも同じくらいにきれいだと思いました。
しかし・・・・・・

『この女の子、パンジーばっかり見てるわ。可愛いものね。女の子は可愛いものが好きだもの。帽子もランドセルも黄色だし、きっとパンジーが好きなのね』
『この女の子、チューリップばっかり見てる。春の花といえばチューリップだもんね。どうせ学校へ行ったら歌を歌うんでしょ。さいた、さいた、チューリップの花が…ってね』

『ねえ、ちょっと君たち』
近くにいた草が話しかけてきました。
『君たちはいいよね』
『何がいいの?』
チューリップとパンジーが問いかけましたが、草は答える前にスポンと根っこごと引き抜かれてしまいました。

「雑草が出てきたな」とおじさん。
「おじさん、ここにも草があるよ。あ、ここにも」と女の子。
次々に抜かれていく雑草たちを見て、チューリップとパンジーは顔を見合わせました。

『ねえ、パンジーさん、私たち、けっこう幸せかも』
『ええ、私も今、同じことを考えていたわ。チューリップさん』

瀕死状態の草が、よれよれになりながら言いました。
『な、そうだろう』

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熱帯夜に誘われて [ファンタジー]

暑い暑い、夏の夜でした。
あまりに続く熱帯夜に、眠れぬ日々が続いておりました。
夜中に目が覚めて、あまりに暑いものだからベランダに出ました。
ねっとりとした空気と、両隣で響くエアコンの室外機。
そのせいで、風は生温かく、ちっとも涼しくないのです。

ふと見ると、小さな光が揺れています。
線香花火が消える間際のような、静かな儚い光です。
ゆらゆらと揺れながら、こちらに向かってくるのです。

「眠れないのかい?」
低いのに甘い、やけに心地よい声が下から聞こえてきました。
手摺に手をかけて覗くと、さっきの小さな光の下に、男の人が立っていました。
「どなた?」
「誘いに来たよ。さあ、涼しくて居心地の良い世界に行こう」
「まあ、ご冗談を。私のようなおばあさんを、からかうものじゃないわ」
男は微笑みながら、両手を差し出すのです。
さあ、おいでと。

危ないとわかっているのに、私はきっと、暑さでどうかしていたのでしょう。
身を乗り出して、手摺に足をかけました。
私は、「えいや!」と、ベランダから飛んだのです。
こんなお転婆、子供の頃にもしたことがありません。

私の体は、男の腕の中にすっぽりとおさまりました。
何とも逞しい腕で、彼は私を受け止めたのです。
よく見ると、私の好きなハリウッドスターのような顔をしています。
アクション映画によく出てくる人です。ああ、年のせいで名前が出てこない。
「大丈夫かい?」彼が微笑みました。
戦火の中で救い出されたヒロインみたいです。

これは夢? ああ、何だか胸が苦しい。私このまま天国へ行くのかしら。
こんなイケメンと一緒に行ったら、夫が嫉妬するわ。 
ごめんなさいね。だけど、先に逝ったあなたが悪いのよ。
そんなことを思いながら、小さく揺れる光を見ていました。

そのときです。ふいに息子の声が聞こえたのです。
「今、息子の声が聞こえたわ」
「気のせいだよ。こんな真夜中に、息子が来るはずがない」
「それもそうね。近くに住んでいてもちっとも会いに来ないのに、夜中に訪ねて来るはずがないわね」
私は、居心地の良い彼の腕の中で目を閉じました。
だけどやっぱり、聞こえるのです「母さん、母さん」という声が。

「ねえ、やっぱり聞こえるわ。一度戻るわ。ねえ、降ろしてくださらない」
私は男の腕の中で、バタバタと暴れました。
男は、急に冷酷な顔になり、私を放り投げました。
荷物みたいに乱暴に、4階のベランダめがけて放り投げたのです。

私は目を覚ましました。ベッドの上でした。
「熱中症だよ」
息子が、私の体を冷やしてくれていました。
「だからエアコン付けて寝ろって言っただろ。もうすぐ救急車が来るから」
ぼーっとする頭の中に、さっきの男の声が聞こえました。
「もう少しだったのに」

あとで聞いた話です。
亡き夫が、息子の枕もとに立ったそうです。
「お母さんが危ない。彫の深い逞しい死神が、お母さんを狙っている。お母さんの好みのタイプだ。きっとついて行ってしまう」
息子はまさかと思いながらも私のマンションを訪ね、異変に気づいてくれたのです。

やきもちやきのあなたのおかげで、私、死なずに済みました。
今夜はエアコンが効いたお部屋で、ぐっすり眠りましょう。
まだまだ天国には行きたくないわ。
いつかそのときが来たならば、あなたが来てね。
全然タイプじゃないけれど、お迎えはやっぱりあなたがいいわ。


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ねがいごと [ファンタジー]

ヒコちゃんは、1年に一度、七夕の夜にだけやってくる。

幼なじみでいつも一緒にいたヒコちゃんは、4年前に遠くに行ってしまった。
隣にいるのが当たり前のヒコちゃんが、会えない場所に行ってしまった。
通学路もひとり。公園も秘密基地も駄菓子屋も、つまらないから行かなくなった。

7月7日の午後7時、神社の境内に、ヒコちゃんは来る。
「よ、オリちゃん、元気だった?」
短冊がたくさん吊るされた笹飾りの下で、ヒコちゃんは笑って手を振った。
「べつにふつう」
逢えてうれしいのに、私はわざと素っ気無い態度をとる。
思春期特有の、あまのじゃくというやつだ。
「ふつうか。ふつうがいちばんだね。ところでさ、願い事書いた?」
「書いてない」
「書きなよ。受験生だろ。合格祈願すれば?」
「たいした高校行かないもん。絶対受かるところだもん」
「じゃあ、他の願い事は? 絶対叶うよ」
「絶対」なんてヒコちゃんが言うので、私は緑の短冊に、ピンクのペンで願い事を書いた。
「うわ、色の組み合わせがありえない。字が薄くて読めないよ」
ヒコちゃんは笑いながら、短冊を笹に吊るして目を細めた。
ヒコちゃんの癖。目を細めて字を読む癖、変わってない。

「オリちゃん、これは無理だ。叶わない」
ヒコちゃんが寂しそうにつぶやいた。

『ヒコちゃんと、毎日会えますように』
これが私の願い事。絶対叶うって言ったのに。

知ってるよ。ヒコちゃんに毎日会えないことくらい知ってるよ。
ヒコちゃんは、5年生のとき、突然空の上に逝ってしまった。
毎年七夕に帰ってくるのは、神社の笹に吊るされた短冊の願い事を、神様に伝えるため。
それが、ヒコちゃんの仕事なんだって。

私の願いは、毎年叶った。
『リレーで一等がとれますように』『おじいちゃんが退院できますように』『犬が飼えますように』
みんなヒコちゃんが神様に伝えてくれたから叶った。

「ごめん。これだけは無理だ。違う願い事にしてくれ」
11歳のままのヒコちゃんが、うつむきながら短冊を返した。
ヒコちゃんよりもずっと背が高い私は、ヒコちゃんよりも大きな手でそれを受け取った。そして黄色の短冊に赤いペンで、違う願い事を大きく書いた。

『世界平和』

「ははは。これは難しいな。一応伝えるけどね」
ヒコちゃんは笑いながら、それを笹に吊るした。
湿った風が足元を通り過ぎて、笹がざわざわと音を立てた。
笑い返そうと振り向くと、ヒコちゃんはもういなかった。

七夕なのに、星がない夜。
ヒコちゃんに逢えるのは、また来年。


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タオルの一生 [ファンタジー]

わたしは、ふわっふわのタオルでした。
可愛いお花模様の、ピンクのタオルでした。
大人も子供も、私に頬ずりして言いました。
「肌触りがいいね」
「ふかふかで気持ちいい」
「ずっとすりすりしていたい」

そうです。わたしはタオルの中でもひときわ人気者でした。
しかし悲しいかな、月日は流れ、わたしはすっかりゴワゴワになりました。
ある日子供が、ろくに洗わない泥のついた手を、わたしで拭きました。
「あらまあ汚い」と、おばあさんがわたしを漂白しました。
ちょっと待ってぇ~と叫んでも、声は届きません。
私は漂白されてしまいました。

きれいなピンクは、白と薄いピンクのまだらになりました。
お花模様は、もはや色とりどりなシミと成り下がりました。
生地の繊維も弱くなり、いつ穴が空くかビクビクしていました。
そしてついに、そのときがやってきました。

お母さんが、テーブルをわたしで拭いたのです。
食べ物のカスやしょうゆのシミを、わたしで拭きました。
そうです。わたしは雑巾にされてしまいました。
でも、テーブルの雑巾は、雑巾の中でも上位でした。
台所の油汚れを拭かれたり、トイレの雑巾になるよりは、ずっとマシなのです。

あるとき、子供が言いました。
「お母さん、この雑巾、穴が空いてる」
が~ん。ついに、わたしに小さな穴が空いてしまったのです。
「あら、しょうがないわね。じゃあ、お台所の雑巾に格下げしましましょう」
格下げ……。嫌な言葉です。恐れていた言葉です。
私は台所の油汚れを拭かれた上に、焦げた鍋やこびり付いたカレーを拭かれ、ゴミ箱に捨てられるのです。
わたしの一生は、こうして終わりを迎えるのです。

しかしそのとき、子供が言いました。
「お母さん、これ、絵の具用の雑巾にしていい?」
なんと素晴らしい。子供と一緒に学校へ行けるのです。

わたしは翌日から、絵の具用の雑巾になりました。
赤青黄色、たくさんの色で、わたしはとてもカラフルな雑巾になりました。
写生の時は一緒に外に連れて行ってもらいました。
そんなときは決まって緑色に染まります。

子供は、なかなかに絵が上手でした。
将来、有名な画家になるかもしれません。
有名な画家が使っていたパレットが、展示されている美術館があるそうです。
彼が有名な画家になったら、『有名画家が使用した雑巾』として、展示されるかもしれません。
わたしはその日を夢見て、今日も絵の具箱で出番を待っているのです。


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黄色い花 [ファンタジー]

「お花には、妖精がいるのよ」
と、お母さんは言った。
「赤い花には華麗な子。白い花には優しい子。青い花には清楚な子。色によって違うのよ」
「ふうん」と僕は適当に相槌を打った。
花なんて、ただの植物じゃないか。
お母さんの、子供みたいな妄想に付き合っている暇はない。
今どきの小学生は忙しいのさ。

ある日、学校から帰ったら、リビングから話し声が聞こえた。
誰か来ているのだろうか。玄関に客用の靴はなかったけれど。
「あら、いやだわ。お上手ね。そんなこと、主人にも言われたことないわ」
お母さんの声だ。セールスマンでも来ているのだろうか。
うまいことおだてられて、化粧品でも買わされるのかな。
僕はそおっとドアを開けた。

お母さんはひとりでしゃべっていた。
リビングに飾った黄色い花に向かって、楽しそうに笑っている。
「もう、やめてよ。私なんて、もうおばさんよ。やだ~、20代は言い過ぎよ~」
嬉しそうに頬を染めた。

「お母さん?」
声をかけると、お母さんは体をピクリとさせて振り向いた。
「あ、あら、帰ってきたの? もう、男の子ならもっと元気に帰ってきなさいよ」
「お母さん、誰かとしゃべってた?」
「独り言よ。さあ、手を洗ってきなさい。おやつをあげるわ」
お母さんは慌てた様子で台所に消えた。
僕はテーブルの上の黄色い花を見た。
何もない。どう見ても、ただの黄色い花だった。

それから、お母さんはおしゃれになった。
どこにも出かけないのにお化粧をしたり、お出かけ用のワンピースを着たりした。
鼻歌を歌って、いつもご機嫌で、やはり黄色い花に向かって笑ったり照れたりしていた。

やがて黄色い花が枯れると、お母さんは悲しそうに窓辺でうなだれた。
泣いているような背中が寂しそうで、僕はその手をそっと握った。
「お母さん、黄色い花には、どんな妖精がいたの?」
お母さんは、想い出に浸るように微笑みながら言った。
「陽気なイタリア男よ」
妖精って男なんだ。イタリア人なんだ。
「ふ……、ふうん」
やっぱり僕には、理解できなかった。

お母さんは翌日、新しい花を買ってきた。ピンクの花だ。
僕はピンクの花をじっと見た。
もそもそと、花弁が動いた。何だろう?
見たこともない可憐な女の子が、ひょっこり顔を出して、あどけない顔であくびをした。
よ、妖精? なんて可愛いんだ。
バラ色の頬の女の子が、はにかむように僕に笑いかけた。
「おにいちゃん、いっしょにあそぼ」
ピンクの妖精は可憐な甘えん坊。僕はたちまち恋に落ちた。

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ネコの日 [ファンタジー]

2月22日は、ニャンニャンニャンで「ネコの日」なんだって。
イベント好きのヨシコさんは、こういうのは絶対に見逃さない。
「ミーちゃん、今日はネコの日だから御馳走よ」
そう言って、高級なネコ缶とネコ用デザートをお皿に載せた。
お皿はどこかのブランドらしいけど、アタシにとって器なんてどうでもいいの。
お腹いっぱいになればいいんだもの。

ヨシコさんは太っている。とてもよく食べるからだ。
今日だって、ネコの日に便乗して、自分のケーキもちゃっかり買っている。
抱っこされるとぷよぷよして気持ちいいけれど、健康のために少し痩せたほうがいいんじゃないかとアタシは思う。
だってヨシコさんがいなくなったらアタシはどうなるの?
毎日のご飯も、トイレ掃除も、ヨシコさんのお仕事だからね。

アタシは今の暮らしに満足している。
ヨシコさんが好きとか嫌いとか、幸せか幸せじゃないかとか、そんなことはよくわからない。
だってネコだもん。好きな時に甘えるし、気が乗らなかったら無視するわ。

翌朝、ヨシコさんはいつもの時間に起きなかった。
「お水ちょうだい」とニャーニャー鳴いてみたけれど、ちっとも来ない。
お部屋に行ったら、ヨシコさんは布団の上で倒れていた。
「ヨシコさん、ヨシコさん、どうしたの?」
まとわりついて呼びかけても、胸を押えて苦しそうに唸っている。病気だ。
ああ、だから、もう少し痩せたらって思ったのよ。

アタシは窓に張り付いて、外を歩く人たちに呼びかけた。
「誰か助けて」
家の前は女子高生たちの通学路。誰か気づいて助けてくれたらいいのに、笑いながらスマホで写真を撮っている。
「ヤバい、あのネコ、めっちゃ出たがってる」
「ウケる。SNSにアップしよ」
ちょっと、そんな呑気な状況じゃないから。
アタシはジャンプして助けを求めた。
その拍子に、窓の鍵が外れたけれど、窓の開け方がわからない。
ああ、なんて無知なの、アタシ。もっといろいろ冒険しておけばよかった。

それでもガリガリやっていたら、隣の奥さんが通りかかった。
「あらあら、ミーちゃん、どうしたの?」
奥さんはすーっと簡単に窓を開け、「ヨシコさん、いないの~?」と中を覗いた。
「ヨシコさ~ん。ミーちゃんがお腹空いてるわよ~」
そう言いながら入ってきたお隣さんによって、ヨシコさんは救出された。

ヨシコさんの入院中、アタシはお隣さんの家にいた。
優しくしてくれたし、ダンナさんは時々マグロの刺身やツナ缶をくれた。
だけど、どういう訳かアタシはヨシコさんが恋しくて、あのぷよぷよがたまらなく恋しくて、夜中に鳴いてお隣さんを困らせた。
居心地はいいはずなのに、自分でもわからないのよ。
おいしいご飯と、ふかふかのお布団があっても、何かが足りないの。

ヨシコさんは、心臓にナントカっていう機械を入れて帰ってきた。
「ミーちゃん、ただいま」
ぷよぷよの腕に包まれて、アタシはわかったの。
この人が大好きだってこと。

今日はたくさん甘えてあげる。
だから今日が「ネコの日」じゃなくても、ご馳走にしてね。
マグロのお刺身とか、タイの尾頭付きとか、どう?
(すっかり贅沢になったミーちゃんであった)


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