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GO-TO鬼ヶ島 [コメディー]

どうも。鬼です。そうです。昔話に出てくる角が生えた鬼です。
私たちは昔、人間に退治されました。それ以来、人里離れた小さな島でひっそりと暮らしていたのです。
しかしあるとき、命知らずのユーチューバーがやってきて、私たちにカメラを向けました。
「伝説の鬼ヶ島は実在しました~!本物の鬼がいま~す」
そう言って、私たちの動画をネットで流したのです。

人間たちがうじゃうじゃやってきました。鬼ヶ島行きの定期船まで出る始末です。
私たちは戸惑って怯えました。
何しろ人間は怖いものだと教えられて育ちましたから。
しかし人間は、手土産に酒や食べ物をくれました。
それを目当てに独占インタビューに答える鬼も出てきました。
特に害はないので、これも時代かな~なんて思っていました。

ある日、大企業の営業マンがやってきました。
「この島に、鬼のテーマパークを造りませんか。たくさんの鬼の雇用を確約します。今よりずっと潤った暮らしが出来ますよ」
鬼たちのショータイム、鬼とのふれあいコーナー、インスタ映えする鬼スポット、鬼のコスプレ大会、鬼のジェットコースターなど、いろいろ提案してきました。
島が潤うのはいいことです。
鬼だってオシャレもしたいし、美味しい物も食べたいのです。

2月のある日、企業の重役たちが視察に来ました。
視察といっても家族連れです。妻や子どもや孫までいます。
まるで経費を使って旅行に来ているみたいでした。
本物の鬼に、子どもたちは大興奮。
重役たちも昼から酒を酌み交わし、リラックスムードでした。
ああ、鬼も人間も同じだな、としみじみ思いました。

しかしその夜のことです。
子どもたちがカバンの中から豆を取り出して、いきなり投げつけてきたのです。
「おには~そと」と言いながら、鬼に向かって投げ続けるのです。
大人たちは、止めるどころか笑っています。
「ああ、そうか。今日は節分か」
「本物の鬼に豆をぶつけるなんて、そうそうできるものじゃない」
「どうでしょう、鬼テーマパークで、節分アトラクションを作っては」
「楽しそうだな。早速案を練ろうじゃないか」
「逆オニごっこっていうのも面白くないですか? 人間が鬼をつかまえるんです。捕まえた鬼には豆をぶつけてもいい、とか」
「それなら罰ゲームをさせましょう。バンジージャンプとか」
「いいねえ」

私たちは、恐ろしくなりました。やはり人間は怖いです。
そのままそうっと抜け出して、鬼たちを集め、夜のうちに島を出ました。
重役たちが乗ってきたクルーザーにみんなで乗って、新しい島を目指しました。
今度こそ、誰にも見つからない平和な島で、静かにひっそり暮らしたいものです。
みなさん、どうか私たちを探さないでください。

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カレンダーの声 [コメディー]

あっ、どうも。
私は2022年のカレンダーです。
筒状に丸められて、部屋の隅で出番を待っているところです。
信用金庫のカレンダーです。
数字が大きくて見やすい、書き込み式のカレンダーです。

隣の奴は、保険会社が持ってきた花の写真のカレンダーです。
六曜もないし数字も小さいですが、写真だけはきれいなので女子人気ナンバーワンです。
その隣は酒屋でもらったカレンダーです。
着物姿の女優さんが写っています。
女優メインで、日付など横にズラズラと並んでいるだけです。
しかしどの月も美人ぞろいなので、殿方に人気です。
そのまた隣はイヌネコカレンダーです。ガス屋が持ってきました。
イヌネコは人気ですね。子犬と子猫さえ載せとけば、好感度抜群ですからね。
カレンダーとしての意味は薄いかもしれませんけどね。
あとは日本の庭園カレンダー。住宅メーカーが持ってきたものです。
まあこれは、ごくごく普通のカレンダーといったところです。
99%年寄り夫婦の部屋に行くことになるでしょう。

私はいつも、キッチンの壁に掛けられます。
予定をさっと書き込めるので、家庭を仕切るお母さんには、私のようなシンプルかつ実用的なものが好まれるのです。
大安、仏滅、友引、赤口、先勝、先負。一目でわかって便利です。
なんと十干と旧暦まで書かれた優れものです。
家族全員が私を見ます。私は家族全員のカレンダーなのです。
全カレンダーたちの善望の視線を浴びながら、私は真っ先に特等席に飾られるのです。
ああ、早く新年にならないかな。

「お母さん、カレンダーもう捨てていい?」
「そうだね、捨てて新しいのに変えよう」
「これって資源ごみ?」
「そうね。畳んでリサイクルに出しましょう」
「これは?」
「それはダメ。予定が書いてあるから」
「そうだね。個人情報ダダ洩れだもんね。これは捨てよう」

なんと、キッチンの書き込み式カレンダーだけが、ぐちゃぐちゃに丸められてゴミ箱に捨てられました。
カレンダーの花形だと思っていたのに、違うのですか。
燃えるゴミの日に出されてしまうのですか。

「お母さん、イヌとネコのカレンダー、可愛いから写真だけ切り取っていい?」
「いいわよ。実はお母さんも、カレンダーの花の写真取ってあるの」
「お父さんも酒屋のカレンダー、好きな女優の写真は捨てられないみたいだね」
「まったくねえ。おじいちゃんとおばあちゃんもね、庭園の写真ふすまに貼ってるのよ」
「毎年似たような写真なのにね」
「本当ね。私たちって、似たもの家族ね」
「ほんと、ほんと。断捨離とか一生無理だわ」

ああ、他のカレンダーのみなさん、憐れむような目で私を見ないでください。
大丈夫です。たとえ燃えるゴミに出されても、私はお役目を全うします。

「あら、おじいちゃん、何か御用ですか」
「新しいカレンダーに、予定を書いてくれんかね」
「はいはい、何の予定ですか?」
「3回めのワクチン接種じゃ」

新年最初の予定がワクチン接種……。
うん、いいことだ。大切なことだ。役に立った。
でも、でもさ、ひとこと言わせて。
来年は、写真付きカレンダーになりたい!

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ショック! [コメディー]

僕が学校から帰ったら、ママが落ち込んでいた。
好きなアイドルが結婚を発表したからだ。

「ああ、ショックだわ。この喪失感を何で補えばいいの?」
アイドルと結婚できるとでも思っていたのか。
そもそも自分も結婚しているじゃないか。
ママのために独身を貫けとでも言うのか?

「相手は一般人って言うけど、嫌な女だったらどうしよう。ママ友相手にマウント取りにいくようないけ好かない女だったら最悪よ」
一生関わることがいない人に対して、よくそこまで言うなあ。
ママが好きなアイドルが選んだ人なんだから、それでいいじゃん。

「ああ、ショック。今日は人生最大のショックだわ」
「ママ、ショックなのはわかるけど、晩ごはん作った方がいいんじゃない。そろそろパパが帰ってくるよ」
「ああ、そうね。そうよね。どんなにつらくても、不思議とお腹がすくわ」

パパが帰ってきた。
ママは少し落ち着いたけれど、今度はパパが落ち込んでいる。

「ああ、ショックだ」
「何かあったの?」
「春野さくらさんが結婚するんだ」
「春野さんって、あの美人の受付嬢?」
「そうなんだ。みんなに振りまいていた笑顔が、ひとりの男の物になってしまうなんて。どれだけの社員がショックを受けたかわからない。しかも相手は社外の男だ。どんな男だろう。DVとかモラハラとかされないかな。心配だな」
ママがテーブルをバンと叩いた。

「バッカじゃないの。美人受付嬢と結婚できるとでも思っていたの? そもそもあなた結婚してるじゃないの。じゃあなに、あなたたち男性社員のために、春野さんは一生独身を貫かなきゃならないの?」
出た。自分のことを棚に上げるのはママの得意技だ。

「それにね、お相手のことまで心配する必要がどこにあるの? 一生関わらない人よ。春野さんが選んだ人なんだから、それでいいじゃない」
うん。まったくその通りだと思うよ、ママ。

バツが悪くなったパパは、僕に話を振ってきた。
「拓也、学校の方はどうだ」
「ああ、うん。あのね、体操クラブのヒロキ先生が結婚するよ」
「えっ、あのイケメンのヒロキ先生? やだ、誰と結婚するの?」
「美咲ちゃんのママと結婚するんだ」
「美咲ちゃんのママって、口元にホクロがある色っぽい美人だよな。いいなあ、あんな美人と結婚するのか」
「ちょっと待って。美咲ちゃんのママは結婚しているわ」
「ずっと別居状態だよ。やっと離婚が成立したんだってさ」
「まあ、ショックだわ。ヒロキ先生が保護者と結婚するなんて。私にも可能性があったかしら」
「うん、ショックだな。美人がまたひとり、結婚するのか」

あーあ、誰かが結婚するって、そんなにショックなことなのかな。
僕は将来、美咲ちゃんと結婚する予定なんだけど、今は言わない方がいいな。
またショックを受けるかもしれないからさ。

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作文が書けません! [コメディー]

ああ、なんてことだ。
夏休みがもうすぐ終わるのに、作文の宿題が終わらない。
計画的に物事を進めることをモットーに生きて来たのに、11年間の人生で一番の不覚だ。
去年はおばあちゃんの家に行って、虫取りと川遊びという小学生男子ならではの視点を重視した作文で銀賞をもらった。
その前は初めての海外旅行で得た異文化との触れ合いを、子どもらしくまとめて金賞をもらった。
その前は……。まあいい。過去の栄冠に浸るのはこのくらいにしよう。

「お母さん、作文が書けません」
「まあ、珍しいわね。秀ちゃんが宿題のことでママに相談するなんて」
「お母さん、ママと呼んでいたのは6歳までです。秀ちゃんという呼び方も、いい加減やめてください。僕は秀一です」
「いいじゃない、どうだって。それで、どうして書けないの?」
「どこにも出かけていないからです。コロナで緊急事態宣言が出て、外出を自粛しているから、夏の想い出がないんです」
「そうか。田舎にも行けなかったしね。じゃあ、家での暮らしを書けばいいじゃないの。朝起きてから寝るまでのことを書けば?」
「お母さん、僕の日常は、判を押したように同じです。面白いことなんて何一つありません。そんなことを書いても、銅賞すらもらえませんよ」
「じゃあ、花火でもやる?」
「5年生の作文が花火ですか? 題材が弱くありませんか」
「じゃあ、バーベキューは?」
「お父さんが出張なのに、誰が肉を焼くんですか。お母さんが焼くといつも生焼けで全然おいしくないじゃないですか」
「じゃあ、それを作文に書けば? 恐怖の生焼け肉ってタイトルで」
「もういいよ」

ああ、母に相談した僕がバカだった。
母の脳内メーカーは、「韓国ドラマ」と「メルカリ」と「アンチエイジング」で成り立っている。
夏休みもあと二日か。参ったな。

その夜は、作文が気になってなかなか眠れなかった。
夜中にドアが開いて、母が部屋に入ってきた。
「秀ちゃん、起きて。何だかね、リビングで物音がするの。泥棒かも」
「ど、泥棒! それは僕ではなく、110番に電話をした方がいいですよ」
「ああ、そうだった。秀ちゃん、まだ小学生だったね。大人っぽいからつい頼っちゃった。じゃあ、警察に電話……はっ、スマホ、リビングだ!」
やれやれ。僕は災害用に用意したヘルメットをかぶり、誕生日にもらったけど一度も使っていない野球のバットを手に持った。
「秀ちゃん、気を付けてね」
階段をそろりと下りたら、キッチンに灯りがついていた。
大きな背中が、冷蔵庫をあさっている。母が耳元でささやいた。
「秀ちゃん、バット貸して。冷蔵庫には京都から取り寄せた超高級スイーツが入っているの。泥棒に食べられたら悔しくて一生眠れない。なかなか買えないのよ」
「危ないよ、お母さん。かなりの大男だ」
「平気よ。ママ、こう見えて合気道教室に3か月通ったことがあるの」
「3か月……」
母が僕からバットを取り上げて、泥棒めがけて振り上げた。

アハハハハハ
真夜中のリビングに、笑い声が響いている。
どういうことかというと、泥棒だと思った大きな背中は父だった。
出張が急遽取りやめになって、夜中に帰って来たのだ。
「ママはコントロールが悪いなあ。冷蔵庫叩いてどうするんだよ」
「パパが悪いのよ。帰って来るなら連絡してよ」
「ごめん、ごめん。ところでさあ、腹減ったんだけど何かない?」
「じゃあバーベキューやりましょう。ねえ秀ちゃん、これで作文書けるわね。タイトルは、真夜中のバーベキューよ」
「だからお父さん、お母さん、パパママの呼び方は、とうに卒業しています」
「いいから早く庭に集合して。パパ、バーベキューセット出してね。ママはお肉と野菜を用意するわね。秀ちゃんはお皿とコップ出してね」
「本当にやるんですか。近所迷惑になりませんか。お父さん、カラオケはやめましょう」

この夏僕が書いた作文「真夜中のバーベキューで通報された件」は、金賞をはるかに超えて市長賞をもらった。
やれやれ。

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真夜中の仁義なき闘い? [コメディー]

おじゃましま~す。
入るなと言われても入りますよ~。
何しろこっちも命がかかっていますからね。

わあ、この人間、丸々太っておいしそう。
足もお腹もぷにぷにだ。
いただきま~す。
ブチ、チュー
あんまり健康的な血液じゃないな。
でもまあ、腹は満たされた。

「カール、助けて」
「レベッカ!フラフラじゃないか。どうしたんだ」
「人間にやられたわ。隣の部屋の女よ。いきなり両手でバチンですもの。身も蓋もないわ。まあ、すんでのところで逃げたけど」
「ひどいな。俺たち、人間よりずっと短い命なのに」
「本当よ。ワクチン注射は進んでするくせに」
「とりあえず栄養補給だ。この男の血を吸え。腕なんかどうだ?」
「ありがとうカール。やさしいのね」
「ボーフラの頃からの付き合いじゃないか」
「じゃあ遠慮なくいただきます」
「うわ、まぶた。そこ行く? 人間が一番嫌がるところだ。さすがレベッカ、エグイな」
「性格の悪さはボーフラ時代からお墨付きよ」

レベッカ、両手で叩かれても死なないとか、まるでゾンビだな。
さて、腹も満たされたし、おいとまするか。
「カール、大変よ。女が蚊取り線香を持って来たわ」
「さすがのレベッカも蚊取り線香には勝てないな。早く出ようぜ」

「ゴホ、ゴホ」
あっ、男が起きた。あんなに爆睡してたのに。
「煙いな。嫌いなんだよ、蚊取り線香。消してくれよ」
「だって蚊がいるのよ。電気付けるわよ」
パチ
「まぶしいよ~」
「キャー!化け物! あっちに行って!」
「なんだよ~。枕投げるなよ~」
レベッカに刺されたまぶたが腫れて、男の顔がお岩さんみたいだ。
ふたりが揉めているうちに、外に出よう。

「レベッカ、栄養もたくさん取ったし、丈夫な子を産んでくれよ」
「ええ、カール。今日もステキな熱帯夜ね」

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オンライン家族 [コメディー]

パパとママがテレワークになって1年が過ぎた。
毎日家にいるのは嬉しいけれど、家が会社になったみたいで落ち着かない。
リビングを挟んで右がパパの部屋。左がママの部屋。
そして正面が僕の部屋。
だからそれぞれの声が、よく聞こえるんだよ。

パパはいつも謝ってばかり。
ママはいつも部下を叱っている。
ママの方が偉いのかな。

5時半になると、ふたりとも疲れた顔でリビングに来る。
「ああ、使えない部下、マジでしんどいわ」
「ああ、理不尽な客、一回殴りてえ」
「ズームの背景変えることより、やることあるでしょ。まったく」
「発注ミスをこっちのせいにしやがって。個数間違えたのおまえだろ!」
「あーあ、やってられない」
大人って大変だなって思いながら、僕は今日の宿題を終わらせる。

それから僕たちは、ウーバーイーツで運んでもらったご飯を食べる。
僕はハンバーガー、パパはかつ丼、ママはトマトのパスタだ。
「あんた、昨日もハンバーガーだったわね。野菜も食べなさいよ」
「そうだぞ。ハンバーガーばかり食べていると、アメリカ人になるぞ」
「don’t worry(気にしないで)」
「あら、英語うまくなったわね」
「アメリカ人になるぞ」

「あっ」とパパが立ち上がる。
「オンライン飲み会の時間だ」
「あっ」とママも立ち上がる。
「BTSのライブ配信始まっちゃう」
パパとママは、それぞれの部屋に帰っていった。

僕はパパの整髪料をちょっと借りて髪を整えて、パソコンを立ち上げた。
ネットで知り合ったアメリカ人のメアリーと、オンラインで通話するのが日課だ。

「Hi Ⅿary」
「Hi Tomoki」
「It’s cute today too(今日も可愛いね)」
「Thank you」
「I love you I miss you Ⅿary」
「Tomoki,you look like an American(ともき、あなたアメリカ人みたいね)」

あっ、僕、本当にアメリカ人になっちゃったかな。
まあ、何はともあれ、僕たち家族はオンライン生活を楽しんでいるのである。


*こんな家族、実際いるかも(笑)

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もどき [コメディー]

ああ、やっと退院できた。
長くてつらい入院生活だったぜ。
なにしろ酒もたばこも女も我慢。生きてる意味がないぜ。
「山田さん、いいですか。退院したからといって、不摂生はいけませんよ。規則正しい生活を心がけてくださいね」
怖い看護師に言われたけどよ、退院したらこっちのもんさ。
ああ、早く一服したいぜ。

「セブンスター2箱くれ」
「お客様、当店ではたばこは扱っておりません」
「はあ? コンビニでタバコ売ってねえってどういうことだよ」
「お客様、たばこは今、どこでも買えませんよ。たばこもどきならありますけどね」
「たばこもどき?」
「はい、ミントやレモンなど、いろんな味がありますよ」
「ガキじゃあるまいし。もういい。酒はあるか?」
「お酒もどきならございます。ビールもどき、チューハイもどき、日本酒もどき、どれになさいますか?」
「もどきなんかいるか!」
頭にきて店を出てきた。一体どうなってるんだ、最近のコンビニは。
しかしスーパーに行っても、酒屋に行っても、たばこも酒も売っていない。
「そうだ。飲みに行けばいいんだ。ちょうど腹も減ってきたぜ」

「いらっしゃいませ」
「ビールくれ」
「はい、ビールもどきでございますね」
「もどきじゃねえ。本物のビールを出せ」
「お、お客さん、大声で何言ってるんですか。警察に通報されたら営業できなくなりますよ。うちの店は健全です。本物のビールなんてありませんよ」
「ちっ、またもどきか。おれが入院している間に何があった」
「お客さん、長いこと入院していたんですね。それじゃあ無理もない。一年前にね、酒もたばこも禁止になったんですよ。酒がらみの犯罪が急に増えてね、たばこはほら、健康に悪いからさ、まとめて禁止にしちゃったんですよ。今や闇取引でしか買えません」
「まるで麻薬だな」
「もどきも、慣れれば旨いですよ。飲んでみます?」
「いらねえよ」
店を出たところで、怪しげな男に声をかけられた。
「にいちゃん、酒とたばこ、あるよ」
「本物?」
「上物だよ。30でどう?」
「30万? ふざけるな。高すぎるだろ」

ああ、もう酒もたばこもいらねえ。なじみの女でも呼び出すか。
「はい、スナックチェリーです。あらあ、山ちゃん? ずいぶんご無沙汰じゃないの。えっ、サユリちゃん? サユリちゃんはいないのよ。サユリちゃんもどきならいるけどね」
またもどきか。しかしサユリのもどきはちょっと興味がある。
店に行ってみた。
「いらっしゃい、山ちゃん。どのサユリちゃんにする?」
ママが指さす先に、サユリもどきが5人いる。
「どうしてサユリがこんなにいるんだ。クローンか」
「クローンじゃないわよ。もどきよ」
ああ、もういい。何なんだこの世界は。俺の頭が変になったのか?
もう一度病院に行ってみよう。

「あら山田さん、退院したばかりなのにどうしたんですか?」
「頭がおかしくなったんだ。医者に診てほしい」
「お医者さんは今いないんですよ。医者もどきならおりますが」
またもどきか!

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リフォーム大作戦 [コメディー]

マンションのお風呂が突然壊れて、仕方なく親子3人、実家の風呂を借りることになった。
古い家で昔ながらのタイルの風呂だけど、入れないよりマシだと思った。
しかし、実家の風呂はいつの間にかリフォームされていた。
「うわあ、おじいちゃん家のお風呂、広くてきれい。しかもジャグジー。えっ、24時間沸いてるの? 温泉みたい。暖房もついてるよ。ねえお母さん、あたし一番に入っていい?」
娘が興奮気味に言った。風呂も洗面所も驚くほどきれいだ。

「お父さん、これ、どうしたの?」
「見りゃわかるだろう。リフォームしたんだ」
「いくらかかったのよ。一人暮らしにこんな贅沢なお風呂必要?」
「去年の夏ごろにな、業者が営業にきて、トイレとセットで直せば安くしてくれるって言うから頼んだんだ」
「トイレも?」
「自動で蓋が開くぞ。こりゃ清潔だ」と夫が目を輝かせている。
「2階のトイレもサービスでウォシュレットにしてもらったんだ。いいだろう」
「2階? 一人暮らしなのに2階のトイレなんて必要ないでしょう。ねえお父さん、悪徳業者に騙されたんじゃないの。年寄りだと思って、いいように契約させられたのよ」
「そんなことはない。メンテナンスもしっかりしてるし、何より話し相手になってくれる」
「それが手なのよ。もう、どうして相談してくれないのよ」
「相談も何も、おまえ家に来ても、用事済ませたら玄関先で帰っちゃうじゃないか」
「忙しいのよ。それにコロナもあったし」

父との話は平行線。
そのうち娘が上機嫌で風呂から出てきた。
「お母さん、お風呂最高だよ。ミストのシャワーもあるの。お肌すべすべ。ああ、あたしこの家に住みたいな」
「何言ってるのよ。あなたの家は駅前のマンションよ。歩いて1分のところにコンビニがある生活を捨てられるの?」
「この先に新しいスーパーが出来たぞ」
「お父さんは黙ってて。ねえ、いったいいくらつぎ込んだのよ。お母さんの保険金も貯金も全部使っちゃったんじゃないの」
「俺の金だ。どう使おうと自由だろ」
「築35年の家にこんな立派なお風呂要らないでしょ。お父さんはもうすぐ80なのよ。あと何年住むつもりなのよ。いくらかでも現金を子供に残すのが親なんじゃないの?」
「この家が残るだろう」
「要らないわよ。筑35年よ。駅からも遠いし、どうせ二束三文よ。駅前のマンションなら中古でも高値で売れるけどね、この家は無理よ」

「じゃあ、マンション売る?」
いつの間にか夫が風呂から出ていた。幸せそうな顔をしている。
「お義父さん、ビールもらってもいいですか」
「ちょっとあなた、車でしょう」
「泊っていこうよ。明日休みだし。ねえ、お父さん、いいでしょう」
「まったく。ところであなた、マンション売るって何なの?」
「うーん、前から考えていたんだよね。やっぱり狭いよね。テレワークが続いたとき思ったんだよね。自分の部屋欲しいなあって」
夫と父は、いつの間にかビールを酌み交わしている。
「お義父さん、2階、3つ部屋がありましたよね」
「あるぞ。8畳一間と6畳二間だ。使ってないけど掃除はしてるぞ」
「一部屋欲しいな。家族に気を遣ってのテレワーク、きつかったな」
「マンション売ってこの家に住むつもり?」
「うん。だって駅前のマンションなら高値で売れるんでしょ。会社の働き方も変わってきたし、駐車場も高いし、駅前に住むメリットってそんなにあるかな」
「あたしもそう思う。もうすぐ18歳で免許取れるし、どうせ地元の大学に行くんだし、車の方がいいもん。この家、庭広いし」
何だか、どんどん同居の方向に話が進んでいる。いやいや、ちょっと待って。
私はいやよ。こんな古い家。

そのとき、2本目のビールを取ってきた夫が言った。
「ああ、そういえば、台所が最新のシステムキッチンになっていたよ」
「なんですって! 最新のキッチン!」
……私は、同居を決めた。

今回の風呂騒動が、リフォーム業者と父によって仕組まれたことだと知るのは、引っ越した後だった。
とりあえず父の老後は安泰で、仏壇の母の写真も、心なしか嬉しそう。
私はといえば、最新のシステムキッチンと、毎日のミストシャワーと、父の貯金が思ったよりも多かったことに満足している。
「お父さん、来年は床暖房にしない?」(現金なヤツ)

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リアル鬼は外 [コメディー]

鬼の皆さん、今年も忌々しい節分がやってきます。
私たち鬼が恐れられていたのは遠い昔の話。
今じゃすっかり人間たちと共存し、穏やかに暮らしています。
しかし数年前の節分の夜、一部の若者が「リアル鬼は外」と称して鬼に豆を投げつける動画を投稿したのをきっかけに、すっかり広まってしまいました。
「リアル鬼は外」はその年の流行語にもなり、すっかり定着してしまいました。
いつもは優しい人間も、節分の夜だけは急変するのです。
まさに鬼です。いや、悪魔です。
しかし我々鬼も、いつまでも豆をぶつけられて黙ってはいられません。
今こそ立ち上がりましょう。こちらも負けずに豆をぶつけるのです。
節分に怯えて生きるのは、もうやめましょう。

「ただいま」
「おかえりなさい。鬼の集会、どうだった?」
「うん。今年は人間に逆襲するってさ。”人間は外”って言いながら、豆をぶつけるんだって。だからさ、危ないから今夜は出掛けない方がいいよ。君は人間なんだから」
「そうか。でも今夜は、人間と鬼の結婚を合法化させる会があるの。鬼と人間のカップルがこれだけ多いのに、結婚できないのは不当だわ。あなたもそう思うでしょう」
「う、うん。そうだね。でもさ、そんなに急がなくてもいいんじゃないかな」
「だめよ。早く籍を入れたいわ」
「そ、そうだよね。あっ、テレビでもつけようか」

『速報です。総務省の統計によりますと、本日、鬼の人口が人間の人口を上回ったということです。鬼と人間が共存するようになって30年余りとなりますが、鬼の出産率が人間の5倍であることから、こういった現象が起きたということです。
政府はこの事態を受けて、鬼の人権を認め、以前から要望が多く寄せられていた人間と鬼の結婚の合法化について、早急な話し合いを進めるとの見解を示しました。また、毎年恒例の”リアル鬼は外”について、自粛を求めるように呼びかけるということです』

「あなた、すごいわ。今年中に鬼と人間の結婚が認められるかもね。ねえ、両親に会ってくれる? あなたのことはそれとなく話してあるから、反対はされないと思うの」
「あー、いや、でも……」
「歯切れが悪いわね。はっ、もしかして、あの鬼の女とまだ続いているの?」
「ごめん。彼女去年5人目の子供を産んだんだ」
「別れてないの?」
「仕方ないよ。鬼は一夫多妻制だからさ。もちろん君のことは、第二婦人として大切にするよ」
「ふざけるな。出て行け!」
「あっ、豆!」
「鬼は~外。鬼は~外」
「痛い、痛い、豆まきは自粛だって言ってただろう」
「知るか! 鬼は~外。鬼は~外」
「痛いよぉ、君は鬼だな」
「鬼は~外。鬼は~外」

鬼は寒空へ追い出されてしまいました。
伝統ある節分の行事も、時代とともに変わるものですね。

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女子大生ソーシャルディスタンス [コメディー]

楽しみにしていた成人式が中止になった。
本当に楽しみにしていたのは、その後の同窓会だったけど、どっちみちこの状況では無理だ。
「あーあ、あたしたちって不幸だよね」
友達の佳奈ちゃんに、ついつい愚痴る。
「あたしさあ、中学のとき、今より20キロも太ってたんだ。痩せてギャルになった姿を見て、クラスメートが驚く顔を見たかったなあ。あーあ、大学には行けないし、カラオケも行けないし、実家にも帰れない。あたしたちって、マジで最悪だよね」
「そうね」と佳奈ちゃんはアクリル板越しに微笑んだ。
佳奈ちゃんは、学部は違うけど大学が一緒で、同じ寮にいる。
以前は顔を合わせる程度だったけど、コロナ禍で大学に行けなくなり、一緒にいる時間が急激に増えた。
おっとりしていて清楚なお嬢様タイプ。手作りっぽいマスクが愛らしい。

「佳奈ちゃんも振袖着たかったでしょう」
「そうね。パパとママもがっかりしていたわ」
「だよね。イケてるギャルメイクで髪も盛りたかったよね」
「ふふ、そうね。似合いそうだわ、エリちゃん」
「ああ、何回も言うけど、マジで最悪」
「そうかな」と佳奈ちゃんは私の顔をじっと見た。
「最悪じゃないよ。もっと困っている人がたくさんいるわ。特に医療従事者の方は、本当に大変よ。重症患者が日に日に増えて、医療現場はひっ迫しているのよ。家にも帰れないかもしれないわ。毎日感染の恐怖に怯えながら、患者さんを看ていらっしゃるのよ。本当に尊敬するわ」
「え……」
なんか、胸に杭を打たれたみたい。言われてみればその通り。

職を失った人もいる中で、オンラインでも授業が受けられるあたしたちって、まだ幸せなのかも。寮には友達がいるし、親とはリモートで会話できる。カラオケ行けないくらい何なのさ。
佳奈ちゃん素敵。偉い。いい子。きっと育ちが違うんだ。
あたしのように卑屈な青春送ってないんだ。

「佳奈ちゃん、あたしったら自分のことばっかりで恥ずかしいよ。昔ブタ扱いした同級生を見返すことばっかり考えてた。根性曲がってるよ。そうだよね。コロナが終息したら、いくらでも同窓会出来るもんね。マジで感動したよ。佳奈ちゃん、あたしにできることってあるかな」
「私たちにできることは、感染しないことよ。しっかり予防をして、なるべく人との接触を避けるの。不要不急の外出は自粛してね。カラオケなんて以ての外よ。あと、栄養と睡眠もしっかりとってね。免疫つけてね」
「わかった。佳奈ちゃんって、本当に偉いね」
「やだ、別に偉くなんかないわよ。彼氏が医者なだけよ」
「え……」
彼氏が医者? 

「本当はね、20歳の誕生日に夜景が見えるレストランに連れて行ってもらえるはずだったの。プラダのバッグもおねだりしてたの。成人式のお祝いには、ブルガリの指輪をもらう予定だったの。エルメスもカルティエも、コロナのせいで全部先延ばしになっちゃった」
「へ、へえ……」
「だからね、これ以上感染を拡大させたら絶対にダメなのよ」
さっきまで女神に見えていた佳奈ちゃんが、ただのブランド好きの女子大生に見えてきた。そういえば、時計もピアスも高そうだ。マスクも何かのブランドなのかな?

「あっ、そろそろ換気しなきゃ」
佳奈ちゃんは窓を開けて冷たい風を循環させた。
「じゃあそろそろ30分だから、部屋に戻るね。エリちゃん、イスとテーブル、除菌してね」
佳奈ちゃんが言ってることもやってることも、すごく正しいんだけど……。
何だかちょっとムカつくのはなぜ。

「ちょっと佳奈ちゃん!」
「なあに?」
「コロナが収まったら、彼氏の友達を紹介しなさいよ」

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