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レンタル頭脳 [SF]

試験が近いので、少年はアルバイトを増やした。
試験が近いならバイトより勉強だろう…と誰もが思う。
しかし少年はアルバイトをする。なぜなら少年にはお金が必要だから。
少年は金を貯めて、レンタル頭脳を利用する。

レンタル頭脳は、もともと老人のために開発された。
加齢とともに脳の働きが衰え、計算が出来なくなったり漢字を忘れたりすることがある。
衰えた脳を補うために作られたシステムが、レンタル頭脳である。
老人たちは大事な書類を書くとき、大切な財産の計算をするとき、レンタル頭脳を利用する。

もちろん若者が利用するには厳しい制限がある。特定な人しか利用できない。
ましてや学生が使うことなど、完全に違法である。利用したりさせたりした者は、厳しく罰せられる。
しかしどこの世界にも、闇のルートというものがある。
少年は、アルバイト先の先輩から教えられた。
「学生用のレンタル頭脳があるよ」まるで悪魔の囁きのような危ない誘いだった。
それなのに少年は誘いに乗った。
レンタル代の他に先輩への紹介料もかかり、少年にとってはかなりの高額だったが、ちょうどお年玉をもらったばかりで金があった。
何より少年は、理数系の頭脳が死ぬほど欲しかった。

レンタル頭脳の効果は素晴らしく、中の下だった少年の順位は、たちまち10位に上がった。
教師や友人には塾に行き始めたと嘘をついた。親は手放しで喜んだ。
一度でやめるはずが、やめられなくなった。
少年は次の試験でも、その次の試験でもレンタル頭脳を利用した。
友人の家で勉強すると嘘をついてアルバイトに精を出したが、親は何の疑いも持たなかった。
成績が上がると信用も増すのかと、少年は少し卑屈に笑った。

「おまえさ、やりすぎはよくないぞ。もう5回目だろう。あんまりレンタルしてるとバカになるって噂だぞ」
先輩は、自分で勧めておいてそんなことを言った。
「秋まで成績を持続したら、いい大学に推薦してもらえるんだ。そうしたらやめるよ。いい大学さえ出れば、いいところに就職できるだろう。いい年してバイトなんてしたくないからね」
少年はすっかり先輩を見下していた。先輩は「チッ」と舌打ちをしてレンタル頭脳を少年に渡した。

少年に異変が起きたのは、夏休みに入る少し前だった。
レンタル頭脳を返却した帰り道、少年はいつになく気分がよかった。
頭が空っぽなのだ。もう何も考えなくてもいいと、誰かに言われているようだ。
通行人が少年に話しかけた。
「すみません。駅への道は、右ですか?左ですか?」
「みぎ…?ひだり…? なんのこと?」
少年は何もわからない。ここがどこで、何をしているのか。
自分の名前さえも、少年はわからない。

ビルの大型モニターが、女性のアナウンサーを映し出す。
『ニュースをお伝えします。レンタル頭脳に不具合が生じていることがわかりました。何らかのウイルスに侵されて、脳の機能が破壊する恐れがあるとのことです。7月1日以降にレンタル頭脳を利用した方は、直ちに使用をやめて医師の検査を受けてください』

少年はぼんやりモニターをながめている。
だけどその内容は、少年にはさっぱりわからないのであった。
夏の風が吹き抜けるビル街を、ただどこまでも走りたいと、少年の脳は言っていた。

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遠いふるさと [SF]

<8月1日>
夏休みは、パパのふるさとへ行きます。
パパのふるさとは、地球という星です。
すごく遠いので、ボクはまだ行ったことがありません。

地球はボクたちの星のように、人工の星じゃありません。
空も海も本物なんです。
早く行きたくてうずうずします。

<8月3日>
今日は地球について勉強しました。
地球は、その昔たくさんの人たちが暮らしていました。
だけど科学が発展しすぎて、多くの自然をこわしました。
このままでは地球が汚染されて破滅してしまうと考えた地球政府は、宇宙に人口の星を作って半分以上の人間を移住させたそうです。
快適な暮らしがしたい人は、みんな移住したそうです。
自然を愛する人たちだけが残りました。
自然って何だろう。快適じゃない暮らしというのがどういうものか、ボクにはよくわかりません。

パパとママも、子供の頃に移住したそうです。
だけどパパのおじいちゃんは地球に残りました。
おばあちゃんのお墓があるからです。
パパは、おじいちゃんが元気なうちに、ボクを地球に連れて行こうと思ったそうです。

<8月6日>
いよいよ明日出発です。
本物の海や本物の空ってどんなだろう。わくわくします。
大きな旅客船で行きます。
地球は今、セレブたちの観光スポットになっているようです。
だからチケットを取るのも大変だったようです。
みんな自然を求めて地球に行きます。だけど結局飽きて、充電式のゲームやタブレットをするんだと、パパが言っていました。

<8月7日>
ボクは悲しい。
突然、船が出なくなりました。
地球が、観光客の受け入れを拒否したらしいのです。

パパが言いました。
「科学の力を極力使わず、自然の暮らしをしながら美しい地球を取り戻したんだ。観光客によってふたたび汚染されるのを恐れたんだろう」
地球は観賞用の星になってしまいました。
遠くから見ることしかできないのです。
ボクの予定も真っ白になりました。本当にがっかりです。

****
これは、10年前に書いた私の日記だ。
あれから10年…。
まさか地球と戦争することになるなんて。
地球は完全なる鎖国状態を続け、着々と戦闘準備をしていたのだ。
人間はやはり文明を捨てきれなかった。
自然の暮らしを求めて私たちの星を作ったのに、結局両方欲しくなったのだ。

私は船に乗り込んだ。
旅客船ではなく、戦闘機だ。
初めて行く地球は、やはり青くて美しかった。


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カプセル制度 [SF]

15歳になったらカプセルに入る。
カプセルの中で、充分な栄養と、充分な知識を与えられ、充分な肉体が造られる。
そのカプセルで8か月眠ることが義務付けられている。
そしてカプセルから出ると、安定した豊かな暮らしが保障される。
僕たちは、そのことに何の疑いも持たなかった。

まれに、カプセルに入ることを拒否する人たちもいる。
彼らは下の世界の人間と呼ばれ、河川敷のじめじめした集落で集団生活をしている。
階級は最も低く、ろくな仕事も与えられず常に貧しかった。
朝から晩まで働いている。何を作っているのかわからないけれど、彼らに休みはない。

母は、丘の上から下の集落を見下ろして、嫌悪を露わにする。
まるで虫けらを見ているようだ。
「汚い連中。あなたは、あんなふうになってはだめよ」
もちろん僕も嫌だった。父や母のようにカプセルに入り、豊かな生活を送る方がいいに決まっている。僕がカプセルに入るのは、もうすぐだ。

ある日、学校の帰りに下の世界の人を見た。
薄汚い服でゴミ箱をあさっている。
鼻をつまんで通り過ぎようとしたら、「おや、坊やパンを持っているね」と声をかけられた。
給食の残りのパンが、確かにカバンに入っている。
しつこく付きまとわれるのも嫌なので、僕はパンを投げてやった。
男は大事そうにそれを受け取り、にやりと笑った。
「ありがとうよ。坊やはいい子だから、忠告してやるよ」
「おまえに忠告してもらうことなどない」
「まあ聞きなさい。いいかい、カプセルには入らない方がいい」
くだらない…。僕は無視して行こうとした。

「もうすぐ宇宙戦争が起こるんだよ」
「ふっ」と僕は笑った。
「ありえない。宇宙平和協定を結んだばかりだ」
「あんなのただのパフォーマンスさ。戦争は確実に起こる。そして政府はそれを知っている」
男は、汚い顔を近づけて声をひそめた。
「あのカプセルは、従順な兵士を作る装置だ。地球のために迷わず戦い、死をも恐れない兵士を作っている。戦争が始まった合図を聞いた途端、インプットされた戦闘意識が動き出す。誰もが皆、自分を犠牲にして戦うのだ」
「まさか」
「その証拠に、政府関係者はカプセルに入っていないことを知っているかな?」
「うそだ!」
「我々がいつも作っている建物は、シェルターだ。もしも助かりたいのなら、いつでも受け入れよう。パンのお礼にな」

僕は走って家に帰った。両親にその話をすると、バカバカしいと鼻で笑った。
「そんな連中と関わるんじゃない」と父は怒った。
そして春が来て、僕がカプセルに入る日が近づいた。
そんな時だった。突然空が真っ黒に覆われ、宇宙人が攻めてきた。
あの男のいうとおり、宇宙戦争が始まったのだ。

どこからともなくサイレンが鳴った。けたたましい音だ。
父と母が突然立ち上がる。
見たこともない険しい顔で、いつの間にかレーザー銃を手にしている。
周りの大人たちも、みな同じだ。兵士になった。もう戦うことしか考えていない。
あちこちに爆弾が落ちる。誰も僕を守ってくれない。

僕は走った。
河川敷のシェルターに向かって。
正しいと信じて疑わなかったカプセル施設が、次々に破壊されていく。
そんなことはどうでもよかった。
ただ生きるために、僕は転がるように走った。

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未来の妻 [SF]

<2062年>
少し未来のお話。
日本の少子化は深刻だった。
結婚しない男女、結婚しても経済的な理由から子供を持たない夫婦が増えて、このままでは人口は減り続けるばかり。

そこで政府は、『一夫多妻制度』を取り入れた。
経済的に余裕のある男性は、妻を何人娶ってもいいという制度だ。
ただし子孫を残すことが条件である。

私は、クラブのホステスだったけど彼に見初められて妻になった。
3番目の妻だ。
私28歳、彼は75歳。
愛なんてなくてもいい。早く子供を産んで、彼の財産を分けてもらいたい。
そう思っていたのに…。

彼が倒れて入院した。もう長くはないらしい。
高齢だから仕方ないけど、このままでは私、離婚されてしまう。
彼の1番目の奥さんと2番目の奥さんが、私を追い出そうとしている。
「子供が出来ないのに、ここにいる意味ないでしょう」
2人の妻、特に最初の妻は怖い。
性格も悪くて、まるでオニババだ。彼は最初の妻には頭が上がらない。
たとえ病気が治っても、私は追い出されるだろう。

私は嘘をついた。
「私、彼の子供を妊娠しています」

さて、どうしよう…。
嘘がばれる前に、何とかしなくては。そうだ!

<2012年>
いつものようにバイトから帰ると、見知らぬ女が玄関先で出迎えた。
「お帰りなさいませ」
誰だろう。なぜ勝手に僕の家に入っているのだろう。
「お食事にします?それともお風呂?」
「いや、あなたはいったい?」
「私は未来の妻ですわ。あなたにお願いがあって未来から参りましたの」
「未来から?」
頭がおかしいのかな?この女。わりといい女だけど。

「私は、50年後のあなたと結婚しましたの。だけど子供を授かる前にあなたが病気になってしまったから、私困ってますの。それで、過去にタイムワープして来ましたの。若い頃のあなたに、子供を授けていただきたくて」
「は?」
やっぱり頭おかしいのか?この女。
「無理だよ。僕は貧乏なフリーターだ。借金もある。子供はおろか、明日の食費にも困ってる」
「ではお金があればいいのですね」
女はそう言って、その日から占い師として働きはじめた。
未来から来たというのは本当らしく、女の予言は驚くほど当たった。
マスコミでも話題になり、平成の予言師などと呼ばれ、僕たちはみるみる裕福になった。

しばらくして待望の子供を授かり、女は未来に帰ると言い出した。
僕は慌てて引き留めた。
彼女を失ったら、また元の貧乏暮しに逆戻りだ。
「お願いだよ。僕は一生君だけを愛する。だからそばにいてくれ」
泣いて頼んだら、彼女は「じゃあ、もう少し」と言ってくれた。

<再び2062年>
あれ?どこかで私の人生が狂った。
あの時、この男に情けをかけたのが運のつき。
一生私だけを愛するなんて嘘ばっかり。
私が稼いだ金で3人目の妻だって?
冗談じゃない。追い出してやる。

ん?私オニババになってる?

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完璧ロボット [SF]

彼にリリーを紹介された。あまりの美しさに嫉妬した。
嫉妬するなんて可笑しい。リリーはロボットだ。
彼が最近雇った秘書ロボット。体にぴったりフィットしたスーツは、彼の好みだ。
「ハジメマシテ、奥様」
リリーは45度のお辞儀をした。
「まだ奥様じゃないわ。結婚するのは1か月後よ」
「シツレイシマシタ」とはにかむ表情は、まるで人間みたいだ。

「リリーはとても優秀なロボットなんだ。仕事はもちろん、ゴルフも料理もプロ級だ」
「そう…。ねえ、リリーが優秀なのはわかったけど、どうしてプライベートの食事にまで連れてくるの?」
「食事中に仕事の電話があったら困るだろう。リリーなら適確に処理してくれるよ」
リリーは姿勢よく椅子に座り、人形のようにじっとしていた。
決して私たちの会話の邪魔をしない。
2件ほど仕事の電話が入り、リリーが速やかにそれを処理した。
最初は気になったが、しょせん機械だ。そのうち気にならなくなり、私たちは楽しく食事を終えた。

「ねえ、あなたのマンションに行ってもいい?」
「もちろんいいよ。もうすぐ一緒に暮らす部屋だ」
彼の家は一等地の高級マンション。125階の大きな窓からは、世界一の夜景が見える。
この暮らしが、もうすぐ手に入る。
彼と一緒に、スペースシャトルみたいなエレベーターに乗り込む。
「さあ、入って」
彼が開けた扉に、リリーも一緒に入ってきた。
「ちょっと、どうしてリリーも一緒なの?」
「仕事もプライベートも、リリーがスケジュール管理をしてるんだ。いないと困るよ」
リリーは、慣れた手つきでコーヒーマシンを動かして、美味しいカプチーノを淹れた。
「美味いだろう。リリーは何をやっても完璧さ」
彼が言うとおり、リリーは言われたことを完璧にこなし、決して邪魔をしない。
それならば、従順で優秀なメイドだと思えばいい。私の暮らしも楽になる。

「リリー、今日はもう休んでいいよ」
「ワカリマシタ」
リリーは45度のお辞儀をして、部屋を出て行った。
やっと二人きりになれた。
「リリーは何でも出来るのね」
「ああ、最高の秘書ロボットだ。彼女はすべてにおいて完璧さ」
「ねえ、私今日、泊まってもいい?」
「もちろんいいよ。僕たちのために、大きなベッドを買ったんだ」
「まあ、素敵だわ」

彼にエスコートされて寝室に行くと、大きくて素敵なベッドが真ん中にあった。
「どう?特注で作らせたんだ。いいだろう?」
「え…ええ…。とても素敵。だけど、だけど…、どうしてリリーが寝てるの?」
シルクのシーツにくるまって、リリーが真ん中に寝ていた。
「言っただろう。リリーは何をやっても完璧なんだ。女性としてもね」
「ひどい!これは私たちのベッドでしょう?」
「うん。僕たちのベッドだよ。君と僕とリリーのね」

私は、彼の頬を思い切り叩いて部屋を出た。
背中でリリーの声がした。
「ヤット、フタリニナレタワネ」

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カテゴリーSFにしたけど、これってSFでいいのかしら?
どう思う?不二子ちゃん。

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銀河鉄道へようこそ [SF]

本日は、ニコニコ銀河鉄道をご利用いただき、誠にありがとうございます。
運転手は、この道40年、大ベテランのエディさんです。
そして乗務員はわたし、ニコニコ鉄道のアイドルコナツでございます。
この列車は、火星経由、シャンデリア星行きでございます。
快速運転のため、火星まで停まりません。銀河系を出てからは各駅停車になります。
お客様にお願いいたします。
窓から顔や手や足、または触覚など出さないようにお願いします。
っていうか、窓を開けないでください。っていうか、簡単に開けられる窓じゃダメじゃん。

「おい、コナツ、そのワンパターンの車内放送は何とかならんか」
「あらエディさん、これを楽しみにしているお客さんも多いのよ」
「何を言ってる。いつもガラガラじゃないか」

地球初の銀河鉄道として、ニコニコ鉄道が脚光を浴びたのは、もう40年も昔の話。
10年前に銀河超特急フラッシュが出来てから、乗客はみんなそちらに移ってしまったの。
何しろシャンデリア星まで3日かかるところを、フラッシュは1日で行ってしまうのよ。
その上料金が格安ときてる。ロボットに自動操縦させてるから安いらしいわ。

だけどコナツはニコニコ鉄道が好き。
エディさんは無口だけど地球一の運転手よ。だからコナツも、いつかエディさんのような運転手になりたいの。今は修行中よ。

「さてと、銀河系も抜けたし、そろそろ車内販売でもしてこよう」
「わしのカツサンドを取っておいてくれよ」
「はいはい。どうせ余るわよ。お客さんが少ないんだもん」

乗客は地球人ばかりじゃないから、他の星の食事も用意しているの。
びっくりするようなゲテモノよ。宇宙生物ガニウムの丸焼きとかね。
フラッシュは車内販売もしないみたい。自動販売機の宇宙食があるだけだって。
味気ないわね。
車内販売の準備をしていたら、エディさんが「おや?」と外を見た。

「どうかしたの?」
「あれを見ろ」
見ると、名前もない小さな星で、銀河特急フラッシュが立ち往生してるじゃないの。
エディさんは電車を停めて外に出た。

「どうしました?」
「ああ…ニコニコさん。急に電車が動かなくなったんです」
おろおろしている乗務員に、乗客たちが激しく抗議しているわ。
「早くしろよ」「こっちは急いでるんだ」「とっとと動かせ」

「こりゃあ電気系統だな」とエディさんは機械を少し触っただけで言った。さすがね。
「あんた、直せないのか?」
「いえ…。自動操縦なので、私はただチェックするだけでして」
「情けないな。整備はちゃんとしてたのか?」
「そんな暇ありません。ずっと走りっぱなしなんですから」
エディさんは、ふうっとため息をついて「いつかこんなことが起こると思っていたよ」と言った。

「この電車は、ここに捨てていくしかない。この星に技術者がいれば別だが、どうやら知能のある生物は住んでいないようだ」
「そんなあ。何とか直してくださいよ」
「あいにくわしはローカルな電車しか直せない。機械に頼りすぎたお前らの責任だ」
ニコニコ鉄道の数少ない乗客が「そうだそうだ」とエディさんに賛同した。もちろんコナツもね。

「さあ、わしの電車に乗りなさい。乗客全部引き受けてあげよう」
フラッシュの乗務員は従うしかない。
乗客たちが乗り込んで、ニコニコは数年ぶりの満員になったわ。

「おい、じいさん。明日にはシャンデリアに着くんだろうな」
と横柄な態度で乗客が言ったから、エディさん、カチンときたわ。
「シャンデリアに着くのは明後日だ。ここからは各駅停車だ」
「そんなの困るよ。俺たち急いでるんだ。駅なんか飛ばしちまえよ」
エディさん、「ふざけるな!」と若造を一喝。
「たとえ一人しか乗らなくても駅には停車する。それが我々のやり方だ。いやなら降りろ。次のフラッシュが来るまで野宿でもしてろ。宇宙怪獣がいるかもしれないが、ワシの知ったことじゃない」
これには、みんなシーンとしちゃった。エディさんホントにかっこいいわ。

たくさんの乗客を乗せて、ニコニコ鉄道は走り出した。
イライラ気味の新しい乗客たちに、コナツの笑顔でおもてなしよ。
「ニコニコ銀河鉄道をご利用いただきありがとうございます。おいしいお弁当にお飲み物はいかがですか?名物ガニウムの丸焼きもありますよ」
車内販売が珍しい乗客たちに、お弁当は売れに売れたわ。

何となく雰囲気も良くなってきたみたい。各駅で乗り込んでくる宇宙人相手に、商談を持ちかけている人もいる。現金なものね。

「おいコナツ、わしのカツサンドは?」
「あ、ごめ~ん。全部売れちゃった」

そんなわけで、ニコニコ銀河鉄道は、楽しい旅をお約束します。
またのご利用、お待ちしています。


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地球を捨てた日 [SF]


もうすぐ七夕だ、と老人は言った。
狭い酒場で隣に座った80を過ぎの老人だ。

「タナバタって何ですか?」
僕の問いかけに、老人は答えなかった。

七夕の日には地球が見える、と老人は言った。
ひとりごとなのか、それとも僕に話しかけているのか。

「地球って何ですか?」
僕が聞くと、老人はようやくこちらに顔を向けた。
「地球を知らないのか」
「はい」
「嘆かわしい。地球も知らずに生きているとは」
怒っているような、悲しいような顔だった。

「地球は、我々の故郷だ。おまえのルーツも地球にある」
「そうなんですか?それは、どこにあるんですか?」
「今はもうない。汚れて誰も住めなくなって、消えちまった。七夕の夜にだけ亡霊のように現れるのさ」
老人は、何杯目かのウイスキーを飲み干して、店を出て行った。

人工的にできた小さな星で、僕は生まれた。
この星しか知らない。宇宙の事なんて、何も知らない。
いくつかの文献を調べてみたが、地球に関することは一切載っていなかった。
だけど、7月7日が七夕だと母が教えてくれた。

地球が見てみたい。とにかく行ってみよう。
この星で一番高い塔に、僕は登った。
ガラスのドームから空を見上げると、真っ暗な空に青い美しい星が浮かんでいた。
誰にも聞かなくても、それが地球だとわかった。
初めて見るのに懐かしい。
行ってみたい…と僕は思った。

**

ふたたび酒場で老人と会った。老人は僕のことなど憶えていないようだった。
「地球を見ました」と話しかけると、老人は驚いて僕を見た。
「お前、地球を知っているのか」
「七夕の夜に見ました。青くて美しい星でしょう?」
老人は、あきらかに狼狽している。グラスを持つ手が震え、額に汗をかいている。
「あれは幻だ。忘れなさい」
出ていく老人を、僕は追いかけた。
「どうしてですか?あなたが言ったんですよ。地球は我々の故郷だと」

老人は、諦めたようにため息をついて店に戻った。
店の客は僕たちだけ。バーテンダーは機械だ。
誰も聞いていないのに、老人はやけに小さな声で話し始めた。
「あの日はかなり酔っていた。酔っていたとはいえ、余計なことを言った」

「ずっと昔、私は地球に住んでいた。まだ小さな子供だった。私の父は科学者で、地球の寿命があとわずかであることを知った。
父は、住めそうな星を見つけて、人間が暮らせる設備を整えた。核シェルターで囲まれた安全な星を作った。移住を考えたのだ。
しかしその星に移れる人数は限られている。
父は自分の家族と、優秀な科学者の仲間だけを連れて行った。
私たちは地球を捨てたのだ。滅亡する地球の悲鳴に耳をふさぎ、この星に移り住んだのだ」
老人は目をしょぼしょぼさせた。涙をこらえているようにも見えた。

「地球は色を失っていった。見ていられないほどに汚れてしまった。
1年が過ぎた七夕の夜、私は短冊に願い事を書いた。私の国の風習だ。星が願いをかなえてくれると本気で信じていた。私は『地球の友達に会えますように』と書いた。
そうしたらその夜、真っ暗だった空に地球が現れた。
色を失ったはずなのに、青い美しい星が現れたのだ」
「願いがかなったんですね」
「いや違う。そんなはずはない。幻だ。
その地球の幻を見た大人たちは、ひどく嘆いた。地球を捨てて自分たちだけ逃げたことを後悔したんだ。
塞ぎ込んで心を病んだもの。自ら命を絶ったもの。みんな罪悪感に支配された。
そこで我々は、地球のすべてを忘れることにしたのだ」

老人は、「だからお前も忘れろ」と言った。
機械のバーテンダーが、閉店を告げた。老人は、誰にも言うなと念を押して帰った。
僕はもう一度塔に登った。
あれが幻だなんて思えないが、青い星はもう見えなかった。

***

地球・7月7日
「ねえママ、あそこに見える光る星は何?」
「ああ、あれはね、ずっと昔…地球が何かで汚染されていたころ、地球を離れた人たちが作った星なのよ。地球はそのあと奇跡的に回復したんだけど、あの星に行った人たちは地球との接触を拒否して静かに暮らしているのよ」
「ふうん」
「あの星には、ママのおじいちゃんの友達もいるんですって」
「へえ。あの星からも地球が見えるのかな?」
「そうね。きっと見えるわ。だって今日は七夕だもの」

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カプセル [SF]

カプセルの中で目覚めた。
ずいぶん長く眠っていたようだ。
眠る前の記憶は殆どないが、地球が破滅的な状態であったことは憶えている。
そして私は、カプセルに入れられた。

私は選ばれたのだ。地球が滅亡する前に、選ばれた者だけがカプセルで脱出した。
若くて美しい男女が選ばれた。
どこかの星で、美しい地球人の子孫を残すために。
きっとそうだと、私は思った。

ここはどこだろう?
同じようなカプセルが並んでいる。安全な星にたどり着いたのだろうか。
丸い透明の窓から隣のカプセルの男が見えた。
やはり目覚めたばかりの男は、美しい青い瞳で私を見た。
なんてきれいな人。
カプセルを出たら、私はおそらく彼と恋に落ちるだろう。

早く出たい。カプセルは狭くて手を伸ばすことも出来ない。彼に触れることも出来ない。きっと彼も、同じように私を求めているはずなのに。

その時、世界がぐらりと揺れた。
私のカプセルは大きく回転して他のカプセルと引き離された。
「たすけて」と見上げた先に空はない。ひしめくカプセルの海で、彼が心配そうに私を見ていた。
目の前に真っ暗な穴が開いて、真っ逆さまに私は落ちた。

カプセルに入っていたために衝撃は少なかった。
かすかな光が差し込み、大きくて温かいものが私をふわりと持ち上げた。
それは、巨大な手のようだ。

巨大な手は、簡単にカプセルのふたをこじ開けた。
そしてその手は、私を優しく包んだ。
久しぶりに感じた外の空気。ほのかな光。騒音。ここは、どこなのだろう。

**

「あっ、やった~!地球人のメス、ゲットした」
「うわ~、黒髪の東洋系だね。それ、すごいレアだよ」
「うれしい。欲しかったんだ」
「あたしのは、地球人のオスだった。金髪のオスは持ってるからいらない。アンタにあげる」
「ホント?いいの?あたし、オスメス、つがいで欲しかったんだ」

**

しばらくして、私はガラスケースに入れられた。
巨大な目が私を覗いている。
私が小さくなったのか、この星の住人が巨大なのか、私にはわからない。

だけど、私の隣には彼がいる。
青いきれいな瞳で、私を見ている。
そっと触れると、彼も私の手を握り返した。
ここがどこで、これからどうなるか、そんなことはどうでもよかった。
今はただ、彼の温もりが欲しかった。

**

「わあ、オスとメスが手をつないでいる」
「もしかしたら繁殖するかもよ」
「楽しみだね」

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ご招待 [SF]

あ、ムリムリ。そんな望遠鏡じゃ見えませんよ。
私の星はとっても遠いんですから。
冥王星?あー、まるで問題外です。ずっとずっと遠くですよ。

私たちの星は地球よりずいぶん小さいですよ。
だけど文明は進んでいます。私も自慢じゃないけど、かなり高い能力を持っています。

それでですね、こうしてあなたとコンタクトをとった理由ですが、ぜひあなたを我が星に招待したいのです。
いえいえ、ドッキリではありませんよ。
ドッキリってなんですか?まあいいです。あとで調べます。

実はですね、私たちは地球と交流を持ちたいのです。
それなら国連の偉い人に言え?
いえいえ、それではダメなんです。だって地球人はミサイル撃ったり戦争で国の奪い合いをしたりするでしょう?
そんな野蛮なことはごめんです。

だから私たちは、平和な国で平和に暮らす人の中からランダムに抽選を行ったのです。
それで、あなたが選ばれたというわけです。
ようするに、地味に平和に交流したいのです。
ドッキリじゃないですってば。
ドッキリって何なんです?まったく。あとでググってみましょう。

信じられませんか?ではちょっと空を見て下さい。
私、あなたの家の上にいるんですよ。
見えないでしょ。ライト消してるからね。
待ってくださいね、今点けますから。はい、パチリ。

ね、見えたでしょう。今手を振っているのが私です。
すぐ消しますよ。誰かに見られたら大さわぎです。
地球のマスコミはえげつないですからね。

え?地球人そっくり?そりゃそうでしょう。地球人に擬態してるんですから。
本当の姿は…知らない方がいいです。けっこうグロイです。
見た目はアレですが、私たちは平和主義です。乱暴はいたしません。
さあ、いっしょに行きましょう。観光、ごちそう、お土産付ですよ。
あ、行きますか?じゃあ外に出てきてください。

え?テレビの録画予約をしてから?
わかりました。早くして下さいね。
あー、何つぶやいてるんですか!ツイッターなんかやめて下さいよ。騒がれたくないんですよ。
ちょ、ちょっと、何でピザなんか食べてるんですか?
注文しちゃったからって…もう、急いでくださいよ。
ええー?シャワー浴びるんですか?
お出かけ前のエチケット?そんなのいいから早くして下さいよ。

あー!だめだ。これ以上地球に滞在したら身体に支障がでる。
やむおえない。いったん引き揚げよう。
平和な地球人も、緊張感なさすぎて、なかなか厄介だな。

***

「おまたせー」
……
「あれ?いない。な~んだ、やっぱりドッキリじゃん!」

120316_1813~01.jpg
『ボクの惑星日記』 ささきかよ湖
とても面白くて為になるお話です。ステキな本ですよ。

かよ湖さんもビックリの宇宙ネタでした(笑)

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最後の晩餐 [SF]

息子の嫁が食事を運んできた。
固形フードと流動食のゼリーだ。
別に手を抜いているわけではない。みんな同じなのだ。

世界中を巻き込んだ戦争が終わると、世の中は深刻な食糧難に襲われた。
動物や植物が汚染されて絶滅したのだ。
多くの人が飢えで命を落とした。
そこで開発されたのが固形フードと流動食のゼリーだ。
1粒で満腹感が得られる固形フードと、1日分の栄養がとれるゼリー。
世界中の人が、同じものを食べている。

私はレストランでコックをしていたが、戦後職を失い息子夫婦に世話になっている。
食事を作ることも食べることも出来なくなった今は、ただ無気力な日々を送っている。
こんな物しか口にできないなんて、死んだ方がマシだ。
…とか思っていたら体調を崩して入院した。
いよいよ流動食しか食べられなくなった。

ひとりの男が病院に見舞いに来た。
レストランをやっていた頃の常連客だ。
「捜しましたよ」と男は懐かしそうな顔をした。
私は気弱になっていたので、つい愚痴をこぼした。
「あの頃はよかった。おいしい料理がたくさんあった。今じゃ全く楽しみがないよ。最後の晩餐が固形フードと流動食なんて寂しいじゃないか」
すると男は急に声をひそめ、
「美味い料理が食べられる店があるんですよ」と言った。
「何だって?そんなところあるものか。だいいち食材がないじゃないか」
「それが…あるんですよ」
男はますます声をひそめた。

「行きましょう。実はあなたを誘いに来たんですよ」
「本当なのか?」
「さあ、こっそり抜け出しましょう。朝までに帰れば大丈夫ですよ」
私は男といっしょに車に乗り込んだ。

どのくらい走っただろう。車は、やけに暗い山道を進んだ後、森に隠れた巨大なドームにたどり着いた。
「ここは?」
「私の研究所ですよ。さあどうぞ」
中は一見ただの研究所だったが、奥に進むと何やら空気が変わってくるのを感じた。
そして男が重い扉を開けた時、私は目を疑った。

そこには、広大な野菜畑が広がっていた。
果樹園がある。ニワトリがいる。巨大な水槽に魚がいる。
「どういうことだ。絶滅したはずじゃないのか?」
「クローンですよ。私が作りました」
「クローン?クローンは法律で禁止されたはずだ」
「だからこんな山奥で、隠れて作ってるんですよ」
男は私を厨房に招いた。
「さあ、材料はあります。好きな料理を作ってください」
「いいのか?」
「もちろんです」

私は久しぶりに包丁を握った。喜びに胸が震えた。
ポテトと玉ねぎのスープ・ヒラメのムニエル・チキンソテー・新鮮野菜のサラダ・アボガドとエビのオープンサンド・とろとろのオムレツ・フルーツたっぷりのパンケーキ。
そして男と私は、ゆっくりと味わいながらそれを食べた。
「ああ…なんて美味いんだ。こんな食事が食べられるなんて、もういつ死んでもいいよ」
私は本当に幸せだった。

朝が来る前に病院に戻り、そしてその朝、私は静かに息を引き取った。
まさに最後の晩餐だったのだ。
私はきっとすごく幸せな顔をしていただろう。

数日後…山奥の秘密のレストラン。
男がひとりで食事を堪能している。
「ああ美味い。やっぱり彼の料理は最高だ。生きてるうちに再会できて本当によかった」
男は満足げに厨房を覗いた。
厨房では私がせわしなく料理をしている。
いや、私ではなく、私のクローンが…。

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