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シートベルトをしめてください [ホラー]

深夜、僕は車を走らせた。
夕方から降り出した雨が、時おり強くフロントガラスを叩く。
今日の仕事はきつかった。
早く帰って一杯やりたいものだ。

しばらく走ったところで、不意に赤いランプが点いた。
『シートベルトをしめてください』
電子音が流れた。
「おいおい、シートベルトなら、ちゃんとしてるよ」

よく見ると、それは助手席側のサインだった。
助手席側のランプが点灯している。
『シートベルトをしめてください』
電子音が流れ続ける。
「助手席には誰も乗ってないよ。いよいよイカれたか? この車」
独り言を言ってみたけれど、点滅は続く。
『シートベルトをしめてください』
何度も何度も言う。

「うるさいな。誰もいないじゃないか」
僕は左手で、助手席のシートを叩いた。
あれ? 何かが手に触れた。
やけに冷たくて、濡れている何かだ。

恐る恐る、左を見た。
対向車のライトが、やけに眩しい光を放って助手席を照らした。
女がいた。
黒い服を着た、びしょ濡れの、髪の長い女だ。
青白い顔で、僕を見ている。

『シートベルトをしめてください』
『シートベルトをしめてください』
警報の電子音が早口になった。
赤いサインが、高速で点滅する。
どうしよう、どうしよう。この女、絶対に幽霊だ。
暑くもないのに汗が流れた。ハンドルを持つ手が震える。

『シートベルトをしめてください』
『シートベルトをしめてください』
うるさい。頼むから黙ってくれ。

とりあえず、僕は震える声で、黒い服の女に言った。
「シートベルトをしめてくれませんか」
女は、ゆっくり右手を延ばし、シートベルトをガチャリとしめた。

電子音が止んだ。赤い点滅も止まった。
よかった。
そう思った途端、僕のシートベルトがするりと外れた。
黒い服の女がクスリと笑って消えた。
次の瞬間、僕の車はガードレールを突き破った。
黒い闇に落ちていく。忌々しい電子音と共に落ちていく。

『シートベルトをしめてください』
『シートベルトをしめてください』
『シートベルトをしめてください』

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忠告 [ホラー]

僕に霊感があることを知ったのは、小学生のときだった。
遊び半分で行った町はずれの廃墟で、「なんだ、何もいないじゃないか」と背を向ける友達の後ろに張り付く青い顔の女を見たのだ。
それが合図だったかのように、あらゆる場所で幽霊を見た。
海、トンネル、墓地、旧校舎の階段。
恐ろしいのは、幽霊に張り付かれた友達は、その後必ず事故に遭う。
足をつかまれた友達は、体育のときに転んで骨折をした。
首をつかまれた友達は、事故に遭ってむち打ちになった。
手をつかまれた友達は、火事に巻き込まれて手を火傷した。

だから僕は、「足に気を付けて」とか、「ヘルメットを被って歩いた方がいいよ」とか、事故を未然に防いであげようとしたのだけれど、気味が悪いと言われて友達を失った。

そして僕は、高校生になった。
相変わらず幽霊が見えるけれど、誰にも話したことはない。
友達がいないから、怪我の忠告をする必要もない。
たとえサッカー部のエースが、幽霊に足をつかまれていたとしても。

僕は恋をした。
髪の長い、優しい図書委員の女の子だ。
彼女に会いたくて、僕は毎日図書室に通った。
「本が好きなのね。これ、私も読んだわ。面白かったよね」
こんな僕に笑いかけてくれる彼女に、毎日ときめいた。

どんよりと重い雲が広がる放課後、図書室は薄暗く、彼女以外誰もいなかった。
いや、もうひとり、彼女に張り付く青い顔の女がいた。
女は、彼女の美しい髪を撫でていた。
どういうことだろう。彼女が髪を失うということか。
青い顔の女がにやりと笑う。
僕はたまらず彼女に声をかけた。
「あの、髪、気を付けて」
「は?」
「きれいな髪を失うかもしれない。だから気を付けて」
「なにそれ、キモイ。もう閉めるから帰ってよ」
彼女は冷たく言った。稲光が図書室を照らして、大きな雷が響き渡った。

一瞬の出来事だった。
カーテンを閉めようと窓辺に寄った彼女を、一瞬の光が弾き飛ばした。
雷に打たれたのだ。
電気が一気に消えて、どこかの教室から叫び声が聞こえた。
青い顔の女が、笑いながら天井を抜けて消えて行った。

彼女は少しの間気を失っていたが、病院で目を覚まし、身体に異常はなかった。
ただ、きれいな髪だけが、焦げてチリチリになった。
だから気を付けてって言ったのに。

ショートカットになった彼女は、もう僕に笑いかけてはくれない。
気味が悪いと小声で言うのを聞いてしまった。
胸がチクリと痛んだけれど、これはきっと幽霊のせいではない。

もう教えない。誰にも、忠告なんかしない。
たとえ、そこのあなたの後ろに、青い顔の女が張り付いていても……ね。


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免疫 [ホラー]

カウンターだけの小さなバー。
もう少し広い店に移転したいところだが、今はここが僕の城だ。

閉店間際、今日最後の客は、近くのスナックのママだった。
この辺りでは、なかなか繁盛している店のママだ。
すでにどこかで飲んできたようで、すっかり出来上がった顔だ。
「珍しいですね。今日は、お店休みですか?」
「女の子がみんな、病気で休んじゃったのよ」
「へえ、揃いもそろって夏風邪ですか」
ママは水割りをチビチビ舐めながら、苦い顔をした。

「昨夜、2人組の男の客が来たのよ。辛気臭い男でさ、そのふたりが来たとたん、客がすーっと帰っちゃったの」
「へえ、なぜです?」
「そりゃあ、ふたりが貧乏神と疫病神だからよ」
「貧乏神と疫病神?」
「憑りつかれたら最後、商売あがったりよ。お札を貼って出入り禁止にしたわ」
ママは煙草に火をつけて「あんたも気を付けなさいよ」と言った。

「だけど、ママさんはどうして病気にならなかったんですか?」
「あたしは大丈夫よ。免疫があるからね。この年まで水商売やってるんだもの。どうってことないわ」
「免疫ですか。じゃあ、僕も貧乏神や疫病神に負けないように頑張ります」
「あたしもね、最初はこのくらい小さな店から始まったのよ。あなたも頑張りなさい」
ママは水割りを2杯飲んで立ち上がり、千鳥足で歩き出した。
その後ろを、大きな鎌を持った黒い服の男がゆらゆらとついて行く。

ママさん、死神には免疫がないようだ。

看板の電気を消してクローズの札をかけると、割と近くで救急車のサイレンが聞こえた。
「あのママさんのスナック、売りに出たら買おうかな」


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しわしわの手 [ホラー]

ひいばあちゃんは毎月十日に、しわしわの手で財布から百円玉をひとつ取り出して、アオイの手のひらにのせてくれた。
「ほらほら、早くしまいな。取られるよ」
誰が取るのかわからないけれど、ひいばあちゃんはいつもそう言った。
「あたしゃもう長くないから、アオイちゃんに、おこづかいをあげるのも今月で最後かね」
そう言いながら、翌月も、その次の月もおこづかいをくれるから、アオイはこの時間が、ずっと続くものだと思っていた。

三月の終わりのおぼろ月の夜、ひいばあちゃんは眠るように静かに天国へ旅立った。
「九十才まで生きたんだ。きっとひいばあちゃんは幸せだよ。心残りはないだろう」
みんなそう言っていた。お葬式で泣いている人はいなかった。アオイも泣かなかった。
「もう、おこづかいをもらえないんだな」
ただ、そんなことを思った。

四月になって、アオイは四年生になった。
空っぽになったひいばあちゃんの部屋の前を通るときは、少しだけせつなくなった。

それは十日の夜だった。誰もが寝静まった真夜中、ふと目覚めたアオイの小さな耳に、ひいばあちゃんの声が聞こえた。
「アオイちゃん、おこづかいをあげようね」
暗闇から、青白い手がすーっと現れて、アオイの方に伸びてきた。
その手は半分透明だけど、ひいばあちゃんの手だとわかった。
しわしわの手が、幽霊になって現れた。
その手は、声も出せずに怯えているアオイの枕もとに、百円玉をぽとりと落とし、闇に消えた。

慌てて両親の部屋に駆け込んだが、「夢でも見たんだろう」と笑い飛ばされた。
百円玉は確かに存在する。夢ではない。
アオイは「早くしまいな」というひいばあちゃんの声を思い出し、こっそり貯金箱に入れた。

五月十日の真夜中、アオイは眠れずにいた。
今日もひいばあちゃんが来るような気がしていたからだ。青白い光が、窓に映った。
「アオイちゃん、おこづかいをあげようね」
ひいばあちゃんのしわしわの手が現れると、アオイは反射的に手を出した。
ひいばあちゃんの手は、百円玉をアオイの手のひらに乗せて闇に消えた。
「ありがとう。ひいばあちゃん、また来てね」
アオイは怖さも忘れ、そんなことを言った。
百円は本物だった。試しにお菓子を買ってみたら、普通に買えた。
だからアオイは、ひいばあちゃんが来るのを、心待ちにするようになった。
そしてひいばあちゃんは毎月来た。
同じようにしわしわの手で百円を手のひらに乗せてくれる。
アオイは、当然のように受け取るのだった。

ひいばあちゃんの一周忌がやってきた。アオイはお墓に手を合わせて密かに願った。
「ひいばあちゃん、アオイはもうすぐ五年生になります。どうか、おこづかいを値上げしてください」
アオイは、両親からもらうおこづかいを、すぐに使ってしまう悪いくせがあった。
だからひいばあちゃんのおこづかいが、もっと欲しいと思ったのだ。
そして十日の真夜中、アオイはひいばあちゃんが来るのを待った。
「アオイちゃん、アオイちゃん」
ひいばあちゃんの声が、いつもよりも近くに聞こえた。
起き上がってみると、アオイの足元に、ひいばあちゃんがいた。
青白い顔をして背中を丸め、日向ぼっこをしているように座っている。
「ひいばあちゃん、お墓でのお願い、聞いてくれた? できれば三百円くらい欲しいな」
ひいばあちゃんは、悲しそうにうつむいた。

「アオイちゃんにあげるお金は、もうないよ」
「え、そうなの?」
「本当はね、極楽に行く前の二回だけ、アオイちゃんに逢いに来たの。だけどねえ、アオイちゃんがまた来てねって言うからさ、極楽に行きそびれちゃったよ」
「じゃあ、ひいばあちゃんはどうするの?」
「ここにずっと居させてもらおうかね」
「いやだよ。極楽に行ってよ」
「金がないから行けないよ。それともあげた金を返してくれるかい?」
ひいばあちゃんはにやりと笑いながら、骸骨のように細い手をアオイの前に伸ばした。
アオイは悲鳴を上げて両親を呼んだが、ひいばあちゃんはアオイにしか見えず、ふたりはアオイの頭をなでながら、「怖い夢を見たのね」と笑うのだった。

その日から、毎月十日になるとアオイは、両親からもらったお小遣いの中から百円玉を取り出して、しわしわのひいばあちゃんの手に乗せる。
「あと五百円だねえ」
ひいばあちゃんは、にやにや笑いながら、百円玉を懐にしまうのだった。


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キッチンの魔女 [ホラー]

気配を感じて振り返ると、キッチンに女が立っていた。
淡い光に包まれて薄ぼんやりとしたシルエットは、彼女が生きている人間ではないことを物語っている。

「キッチンだけは汚すな」と、結婚前に夫に言われた。
他はいいけど、キッチンだけはきれいにしてくれと。
私はその言いつけを守っていた。

女は、ピカピカのシンクを満足そうに見つめ、ふわっと消えた。
何だったのだろう。
夫には死別した前妻がいた。その人だろうか。
私は、帰宅した夫にその出来事を話した。
夫は、少し辛そうに話してくれた。

「じつは、前の妻はきれい好きでね、キッチンだけは汚したくないと、暇さえあればシンクを磨いているような人だったんだ」
前妻は、亡くなる前に「キッチンを汚したら化けて出るわよ」と言ったそうだ。
「もちろん冗談だと思うよ。でもさ、死んだ妻のために、いつもキッチンはきれいにしておこうと思ったんだ。君に話すと嫌がると思って言えなかった。ごめん」
「謝ることなんてないわ。私がきちんとしているか確認に来たのね。大丈夫よ。私、ちゃんとするから」
不思議と怖さは感じなかった。

それから私は、彼女がいつ来てもいいようにキッチンをピカピカにした。
1年後に、子供が生まれるまでは……。

子育ては、予想以上に大変だった。
夜は眠れないし、一日中手がかかる。洗濯物は倍に増えた。
掃除なんて、どうでもよくなる。
シンクには生ごみがたまり、水垢のラインが無数にできた。
やらなきゃ、やらなきゃと思いながら出来ずにいた。
夫も仕事が忙しく、帰宅は毎日深夜で、休日は疲れて寝てしまう。

部屋もキッチンも日に日に汚れていく。
子供の泣き声と散らかった部屋。
疲れ果てた夕方、再びあの気配を感じた。

キッチンに女が立っている。
前のように優しい表情ではない。
恐ろしい悪魔のような顔でシンクを見ている。

突然部屋の電気が消えて、キッチンの水道が勢いよく流れだした。
私はとっさに子供を抱きしめた。何をされても、この子だけは守らなければ。
震えながら、水音だけが流れる部屋で時が過ぎるのを待った。
「ごめんね。ママがちゃんとしないから。怖いよね。ごめんね」

どれくらいの時間が過ぎただろう。
電気がついて、夫が帰ってきた。
「いったいどうしたんだ? キッチンが水浸しだ」
我に返り子供を見ると、すやすやと眠っている。女は消えていた。

私は子供をベッドに寝かして、夫とふたりでキッチンの掃除をした。
「ごめんね。キッチンを汚していたから、あの人を怒らせたわ」
「僕も悪かった。仕事にかまけて子育てに協力しなかったね。仕事も一段落したし、明日から僕がシンクを磨こう」
夫が優しく笑ってくれた。

子供がすやすや眠っているので、私たちは久しぶりにゆっくり夕食を食べた。
「あの子がこんなに寝てくれるなんて珍しいわ」
「何かしたのかも……」
「何かしたって、誰が?」
「前の妻との間に子供はいなかったけど、彼女は保育士でね、子供をあやすのがすごく上手だったよ」

私が震えている間に、彼女が子供をあやした? そんなばかな。
子供は、ステキな夢を見ているような笑顔で眠っている。
まさかね。
食器を片付けてシンクを磨き上げると、どこからか優しい風が吹いた。


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子どもを乗せるな [ホラー]

「暗やみ坂に幽霊が出るらしい」
客待ちの時間を持て余した運転手たちが、輪になってそんな話をしていた。
タクシーの運転手をしていると、この手の話は珍しくない。
「夜遅く、子どもがひとりで手を上げているらしい」
「子どもの霊か。いやだな」
「子どもは乗せるな、ということだな」
みんなが話に夢中になる中、私はあまり興味がなかった。
私にはまったく霊感がないから、幽霊に会う心配など皆無だと思っていた。

しかし今夜、私はうっかり乗せてしまったのだ。
子どもは乗せるなという忠告を、話半分に聞いていたからだ。
夜の10時を回ったところだ。坂の手前で男の子が手を上げていた。
てっきり親が一緒にいるのだと思い、車を停めた。
街灯のない暗い道だった。

ドアを開けると、子供はひとりで静かに乗り込んできた。
「きみ、ひとりなの?」
私の問いかけに答えず、子供は小さな声で行き先を告げた。
「3丁目の霊園まで」
「れ、霊園?」
ルームライトが小さな白い顔を照らし出した。
子どもがこんな時間に、ひとりで霊園など行くはずがない。
間違いなく幽霊だ。暗やみ坂に幽霊が出ると、あの日言っていたではないか。
冷気とともに、底知れぬ恐怖が背中を伝う。

私はどうしていいかわからずに、とりあえず震える手でハンドルを握った。
振り向かないように、前だけを見て走った。
後部座席からは、不気味なほどに何の物音もしない。
ルームミラーをチラッと見るが、子どもは映らない。
やはり幽霊だと確信した。汗がとめどなく流れた。
霊園に着けば、きっと消えてくれるだろう。
車を停めたら誰もいなくて、シートだけが濡れていたとか、よく聞く話じゃないか。

タクシーは人通りがまったくない霊園の入り口に着いた。
きっと子供は消えているだろう。シートだけが濡れているだろう。
人生で初めて幽霊を見た。それだけのことだ。

私は思い切って振り向いた。
「着きました」
子どもは、大きな瞳で私をじっと見た。
消えていない。それどころか、はっきりした声で「いくらですか?」と言った。

なんだ、人間の子供じゃないか。
最近は塾やら何やらで、遅く帰る子供が多い。
そういえば、この霊園の先に住宅がいくつかある。
きっとそこへ帰るのだろう。
ルームミラーに映らなかったのだって、この子が小さいからだ。
何をビビってたんだ。ライトをつけてよく見れば、可愛い顔をした小学生じゃないか。
私は心底安心して、にこやかに答えた。
「970円です」

子どもは「はい」と小さく返事をした。
そして、誰もいない助手席に向かって声をかけた。
「お母さん、970円だって」

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霊感教室 [ホラー]

わたし、気づいちゃった。
この教室には、幽霊がいる。

高校に入学して2日目、クラスの集合写真を撮った時だ。
どう数えても、名簿の数と生徒の数が合わない。
生徒の方が、ひとり多い。

教室に戻って生徒の数を数えても、やっぱりひとり多い。
クラスメイト達の顔を見回す。
いくつかのグループが出来て、はじける笑顔に包まれた教室。
その中で、少女がひとり、誰にも染まらずぼんやり立っている。
青白い顔に長い髪。
窓側に立っているせいか、なんとなく輪郭もぼやけて見える。
わたしと目が合うと、驚いて目を見開いた。
『あなた、私が見えるの?』と言っているような目だ。
もしかして、この少女が幽霊…?
確かめたい。わたしはゆっくり少女に近づいた。

「ねえ、あなたも霊が見えるの?」
突然後ろから声をかけられた。
藤木というネームを付けているポニーテールの女の子だ。
「実は…私も見えてるの」
藤木さんは怯えた声で言った。わたしは頷いた。
「藤木さん、あなたも見えるのね」
やっぱりそうなのね。彼女は、幽霊。

大きな音で扉が開いて、先生が入ってきた。
おしゃべりをしていた生徒たちがいっせいに席に着いた。
わたしも座ろうと思ったら、席がない。
あの黒髪の少女が、わたしの席に座っている。
やだ、こわい。
先生がわたしを見ている。早く座れって言いたそう。
すみません。だけど、座りたくても座れないんです。

そのとき、藤木さんが私の代わりに手を上げてくれた。
「先生、この教室の中に霊がいます」
ざわざわと教室内が揺れた。「何言ってんの?」「頭大丈夫?」
失笑が起こるのも気にせずに、藤木さんは話し続けた。
「私、霊が見えるんです。悪い霊ではないと思うけど、さっきから震えが止まらないんです」
黒髪の少女が戸惑っているのがわかる。
そうよ、あなたの居場所は、ここではないのよ。

黒髪の少女が立ち上がる。ああ、よかった。やっと座れる。
だけど彼女は、ささやくような声で言った。
「先生、わたしにも見えます。さっきまで、わたしと藤木さんの間にいました」
生徒たちが、小さく悲鳴を上げた。
え? なに、なに? 幽霊はあの少女じゃないの?

「じつはみんなに、話しておくことがある」
先生がゆっくり話し始めた。
「君たちと一緒に高校生になるはずだった女生徒が、もう一人いたんだ。しかしその生徒は、入学前に事故で亡くなってしまった」
ざわめく教室。泣き出した女の子もいる。
「きっと、死んだことに気づかずに、この教室に来てしまったのかもしれないね」
先生が、わたしに向かって手を合わせた。
「じつは、先生にも見えるんだ。ショートカットの女生徒の霊が」

藤木さんと黒髪の少女が振り向いてわたしを見た。
手を合わせて合唱。
他の生徒たちも手を合わせて、みんなで合唱。
え…? ショートカットの幽霊って…わたし?
ここに居ちゃいけないのは、わたしだったのね。

ピカピカの制服。
きっと、最期にパパとママが着せてくれたのね。
だからわたし、勘違いしちゃった。

バイバイ、ありがとう。
優しい光に包まれて、わたしはゆっくり天に昇った。

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怪談タクシー2 [ホラー]

怪談タクシーへようこそ。
お盆も過ぎて、ようやく寝苦しい夜ともお別れですね。
とは言っても、まだまだ残暑は厳しいですよ。
そんな時は、当怪談タクシーをご利用ください。
経験豊富な運転手が、世にも恐ろしい体験談をお聞かせしますよ。
さあ、では始めましょう。

あれは、蒸し暑い夏の夜でした。
夜になって降り出した雨のおかげで、駅のロータリーにはたくさんの人が乗車を待っていました。
ドアを開けると、仕事帰りと思われる男と女が乗り込んできました。
いくらか酒の匂いがしました。
「どちらまで?」
尋ねると、女のほうが小さな声で地名を言いました。
聞き覚えのない地名だったので聞き返すと、
「案内しますので進んでください」と言いました。
男のほうは、酔って眠ってしまったのか何も言いません。

女の言うとおりに走ると、車はどんどん市街地を外れていきます。
「お客さん、この道でいいんですか?」
「はい。まっすぐ進んでください」
しかし家などまるでありません。
道は次第に細くなり、まるで獣道のようです。
鬱蒼と木が茂り、その先には灯りひとつありません。
「お客さん、本当にこの道ですか?」
私は恐ろしくなって何度も聞きました。
そのたびに女は「もう少しです」と、落ち着いた声で言うのです。

とうとう、行き止まりになりました。
深い森です。これ以上進めません。
「お客さん、行き止まりですよ」
振り返ると、そこに女はいませんでした。
いつの間にか降りた?いや、そんなはずはありません。
私は男を揺り起しました。
「起きてくださいよ」
男は目を開け、狐につままれたようにきょろきょろしました。
「ここはどこです?」
「お客さん、こっちが聞きたいよ。駅で女性と一緒にタクシーに乗ったでしょう?」
「いや、僕はひとりでタクシーに乗ったはずだ。乗った途端に眠くなって…」
「とにかく、あんたのお連れさんの言うとおりに走ったら、こんなところに来ちゃったんですよ。あの人はどこへ行ったんです?」
「さあ、何が何だか…」

とにかく引き返そうと、車をバックさせました。
その時、車に何かがぶつかりました。
「何か轢いたぞ?」
「タヌキか何かでしょう」
私はそう言って確認のため車を降りました。

「ひい!」自分でも驚くほどの悲鳴をあげ、その場で腰を抜かしました。
女が、ぶら下がっていたのです。
木の枝にロープをくくって、だらりと首を吊っていたのです。
顔はよくわかりませんが、髪型と服装は、さっきまで乗せていた女によく似ていました。
「どうしました?」
車を降りてきた男が、同じように悲鳴をあげました。
そのとき急に強い風が吹き、一瞬ですが女の髪が揺れて顔が見えました。
その目が、ぎろりと男を睨みつけました。
暗かったし、一瞬のことでしたから見間違いかもしれません。
しかし男は、発狂したように怯え、「許してくれ」と叫び続けました。

後でわかったことですが、女はこの男に、遊ばれた上に捨てられて、この森で自殺したそうです。
自分を捨てた男を、遺体の発見者にしたかったのでしょうね。
恐ろしい怨念です。

お客さん、今日の話はいかがでしたか。
雨が降ってきましたね。気を付けてお帰りください。
おや、さっきまで一緒だった女性はどうしました?

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怪談タクシー [ホラー]

怪談タクシーへようこそ。

連日の熱帯夜で、眠れませんよね。
こんな夜は、怖い話に限ります。
当タクシーの経験豊富な乗務員が、お客様にひと時の涼を贈ります。

ご乗車ありがとうございます。
では、早速はじめさせていただきます。

あれは、今夜と同じような蒸し暑い夜でした。
午前2時を回ったころでございます。
タクシーを走らせていましたが、客はつかまらないうえに、ひどい睡魔に襲われました。

公園の駐車場に車を停めて、少しばかり仮眠をとることにしたのです。
目を閉じてウトウトしかけたとき、運転席の窓をたたく音がしました。
とんとんとん…控えめなか細い音です。
客かと思って目を開けましたが、そこには誰もいませんでした。

「風の音か」と、ふたたび目を閉じると、また窓をたたく音がします。
とんとんとん…さっきより、いくらか大きな音でした。
目を開けても、やはり誰もいないのです。
誰かのいたずらかと思い、車の外に出てみました。
するとそこに、小さな子供がうずくまっていたのです。

いくらなんでも、こんな夜中に子供がいるはずがない。
不審に思いましたが、放っておくわけにもいきません。
私は声をかけました。
「こんな時間に、何をしてるんだい?」

子供は男の子で、今どき珍しく半袖半ズボンに白いハイソックスを履いていました。
よく見ると、ハイソックスの足首から先がぼやけています。
これは霊だ、と思いました。
おそらくこの近くで亡くなった、子供の霊だろう。

私は恐ろしくなって、車に戻ろうとしましたが、体が思うように動きません。
子供が立ち上がって、にやりと笑いました。
「おじさん。ぼくもいっしょに連れて行っておくれよ」
子供はそう言って、私の手首をつかみました。
子供とは思えないほどの力でした。
「や、やめてくれ」
私は叫んで、思い切り手を振り払い、急いで車に戻りました。
バタンとドアを閉めるのと同時に、車を急発進させました。

どくどくと汗が流れ、心臓が爆発しそうでした。
大通りに出ても、客を拾う気になどなれませんでした。
私はそのまま事務所に帰りました。
事務所の灯りは、どれだけ私を安心させたでしょう。

「いやあ、恐ろしい目にあったよ」
事務所に戻ると、先に帰っていた同僚が、怪訝な顔で言いました。
「おまえの右手の手首にくっついているのは何だ?」

私は自分の右手を見ました。
そこには、小さくて白い子供の手がありました。
私の手首に巻き付いていたのです。
私はあのとき、子供の霊に手をつかまれたまま車のドアを閉めたため、手首だけがちぎれてついてきたのです。

そのあと、どんなにお祓いをしても、手首から子供の手が離れることはありません。
ですから私は、今でもこの手といっしょに暮らしているんですよ。
ほら、見てください、私の右手を。
まるで体の一部のように、小さな手が私の手首を握っているでしょう。

お客さん、そんなに怖がることはありませんよ。
この手は悪さなんてしませんから。
ただ、午前2時になると、どうしても来てしまうんですよ。
この公園に…。
ほら、お客さん、見てください。
手首のない子供が、手を振っているでしょう。

どうです?涼しくなりました?
二度と乗りたくないとか言わないでくださいね。

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35歳の呪い [ホラー]

「おーい、四郎」
名前を呼ばれて顔を上げると、広大な花畑の向こうで、三郎兄さんが手を振っていた。
三郎兄さんは3年前に亡くなった。
するとここは死後の世界か。僕も死んだのか。

僕は名前のとおり4人兄弟の末っ子で、まだ35歳だ。
死ぬには早すぎるが、これが僕の、いや、僕たち一族の運命だ。
遠い昔、僕たちの祖先は地元では名の知れた僧侶だった。
夜な夜な現れる妖怪を、自らが犠牲になって封じ込めたという。
その時の年齢が35歳。それから妖怪の呪いが始まった。
僧侶の血を受け継ぐ男子は、35歳までしか生きることが出来ない。
それは、末えいまで祟られ、今もなお続いている。
3人の兄も35歳で亡くなった。父も、祖父も、そのまた祖父も。

覚悟はしていた。だけど、こんな突然なのか。
そもそも僕は、どうして死んだのだろう。
「四郎、早く船にのれ」
三郎兄さんは、船の上にいた。目の前に大きな川がある。三途の川だ。
「三郎兄さん、もしかして、僕はまだ死んでないんじゃないかな。三途の川を渡る前なら戻れるかな」
「戻る?おまえ何言ってるんだ?」
「そもそも、どうして死んだのかわからない。あまりに突然で、妻と子供に別れも言ってない。一度戻ってお別れを言いたいんだ」
「四郎、そんなことをしたら、余計に未練が残るだろう。これが俺たちの運命だ。ガキの頃から聞かされて来ただろう。今日がおまえの寿命なんだよ」
「わかってる。ただ最後に会ってお別れを言うだけだ。息子はまだ小さくて、呪いの話はしていない。それもちゃんと伝えなければいけないし」
「そんなの奥さんに任せろよ。だいたい自分の運命を知りながら、なぜ子供を作ったりしたんだ」
三郎兄さんは結婚をしなかった。一郎兄さんと二郎兄さんは子供を作らなかった。
どういうわけか僕たち一族には、男の子しか生まれないからだ。
「母さんに孫を抱かせてやりたかったんだ」と僕は言った。
「甘ったれだな。おまえは昔から」
三郎兄さんは、強引に僕の手を引っ張った。
手首にあざが出来るほどに強く握った。もう従うしかないと思った時だった。

遠くから声が聞こえた。
「パパ~」息子の声だ。
「あなた、戻ってきて」妻の声。
僕は船に乗る足を止めた。兄さんは、驚くほど冷たい顔をした。
「ごめん、兄さん。すぐ戻るから」
僕はその手を強引に振り切り、花畑の先に見えるひとすじの光に向かって走った。
ゴーッという地響きのような唸り声が後ろから聞こえた。構わずに僕は走った。

病院のベッドの上にいた。
「気がついたのね。よかった。急に倒れたから驚いたわ」
妻と息子が僕にしがみついた。
「心配させてごめんよ。だけど、どうやら今日が僕の寿命らしいんだ」
「そんな。いやよ」
呪いのことは結婚する前に告げていた。わかっていたとはいえ、妻は泣き崩れた。
眠ったら、再びあそこに戻るのだろう。父と3人の兄が待っている死後の世界に。

ところが僕は死ななかった。あれから30年が過ぎたが、まだ生きている。
僕のところでちょうど呪いがとけたのだと思った。
しかし、そうではない。
僕は、父の子供ではなかったのだ。母と不倫相手とのあいだに出来た子供だった。
それを知ったのは母の臨終前で、「ごめんね」を繰り返しながら、自分の不貞を詫びた。
詫びる必要などない。たしかにショックだったけど、おかげで僕はこうして生きている。

ただ、心配なのは三郎兄さんのことだった。
母の人生をかけた秘密を、三郎兄さんだけが知っていたそうだ。
三郎に日記を読まれてしまったと母が言った。

35歳のあの日、僕を死後の世界に連れて行ったのは三郎兄さんだったのではないか。
血を継いでいない僕を妬んで、無理やり連れて行こうとしたのではないか。
僕は時々夢を見る。あの時の兄さんの冷たい顔。手首にくっきり残ったあざは、あの日兄さんが付けたものだ。
そして、僕の息子の手首にも、あの日から同じあざが出来た。
息子と嫁との間に生まれた、僕の孫にも同じあざがあった。

新しい呪いが始まってしまった。

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